科学

柳の木から生まれた、身近な薬アスピリンの歴史

2026年7月 · 読了3分
柳の木から生まれた、身近な薬アスピリンの歴史

アスピリンのルーツは、柳の樹皮にあります。ただし、柳の木にアスピリンそのものは入っていません。

柳に含まれるのはサリシンという別の成分で、そこから改良を重ねた先にアスピリンがたどり着きました。完成したのは1897年8月10日、ドイツの研究室でのことです。

柳の樹皮は本当に効いた

柳の樹皮を熱冷ましに使う習慣は古代からありました。記録に残したのは、イギリスの牧師エドワード・ストーンです。

1757年、川べりを歩いていたストーンは柳の樹皮をかじり、その苦さに驚きます。当時、熱の薬として有名だったキナ皮とよく似た苦さでした。

同じように効くのではないか。ストーンは樹皮の粉を50人ほどの患者に試し、熱や痛みが引くことを確かめました。

報告は1763年、王立協会の紀要に載ります。ただし、なぜ効くのかは分かりませんでした。

サリシンから、胃を荒らす薬へ

正体が突き止められたのは19世紀です。1828年、ドイツの化学者ブフナーが柳の樹皮から有効成分を取り出し、柳の学名サリックスにちなんでサリシンと名づけました。

1838年にはイタリアのラファエレ・ピリアが、サリシンからサリチル酸をつくります。これがよく効きました。

ところが強い酸のため、飲むと胃が痛む人が続出します。効くのに使い続けられない。この壁が、次の一歩を生みました。

1897年8月10日の合成

1897年8月10日、ドイツのバイエル社でフェリックス・ホフマンがアセチルサリチル酸を純粋な形で合成しました。サリチル酸を無水酢酸と反応させる方法で、これが今のアスピリンです。

実は同じ化合物は、1853年にフランスのシャルル・ジェラールがつくっていました。ただ、そのやり方では不純物が多く、同じ結果を出せませんでした。

ホフマンの手柄は「発見」ではなく、安定して純度の高いものを大量につくれるようにしたことです。なお、この功績が誰のものかには議論があります。

同僚のアルトゥール・アイヒェングリューンは後年、自分の指示でホフマンが実験しただけだと主張しました。ドイツ特許商標庁は、近年の研究がこの主張を支持しており、チームの成果とみるのが妥当だとしています。

名前の由来はヤナギではない

アスピリンという名前は、柳と関係がありません。「A」はアセチル、「spir」はセイヨウナツユキソウの学名スピラエア(Spiraea)から取られています。

この草にもサリチル酸のもとになる成分が含まれていました。そこに当時の薬名によく使われた語尾「-in」を足して、アスピリンです。

商標としてドイツ帝国特許庁に登録されたのは1899年3月6日でした。

効く理由が分かったのは70年後

薬として売られてからも、なぜ痛みが引くのかは長く謎のままでした。答えが出たのは1971年です。

イギリスの薬理学者ジョン・ベインが、アスピリンは体内でプロスタグランジンという物質がつくられるのを止めている、と突き止めました。プロスタグランジンは炎症を起こし、痛みを脳に伝え、体温を上げる役目を持っています。

その生産ラインを止めるから、痛みも熱も引くわけです。ベインはこの業績で1982年にノーベル生理学・医学賞を受けました。

よく効く薬ですが、誰でも飲めるわけではありません。イギリスのNHSは、15歳以下の子どもにアスピリンを与えないよう呼びかけています。

まれにライ症候群という重い病気を起こすことがあるためです。胃かいようや、ぜんそくのある人も注意が必要です。

家の薬箱を開けて、痛み止めの成分欄を見てみてください。アセチルサリチル酸と書かれていれば、それが柳の樹皮から250年以上かけてたどり着いた薬です。

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