チョウは足で味を感じる?意外なセンサーの場所
チョウは足の先で味を感じています。花にとまった瞬間に蜜の甘さを確かめ、卵を産む前には葉を足で叩いて、幼虫が食べられる植物かどうかを見分けます。
この記事では、足にある味のセンサーのしくみ、日本の研究チームが見つけた「産卵の決め手」になる受容体、食べ物の好みと味覚遺伝子の数の関係、よく見かける「人間の舌の200倍」という話の真偽までを順に説明します。
足の先にある味のセンサー
チョウやガの脚のいちばん先は、ふ節(ふせつ)と呼ばれる細かい節に分かれています。ここには化学感覚子という小さな毛が並び、その中の神経に味覚受容体というタンパク質があります。
受容体が相手の成分と結びつくと、神経に信号が流れます。空気を漂うにおいではなく、直接ふれた液体や葉の表面の成分を読み取るしくみです。人間の舌の味蕾(みらい)と役割はよく似ていますが、置かれている場所がまったく違います。
数も分かっています。ガの一種オオタバコガのメスでは、前脚のふ節のいちばん先の節に、味を感じる感覚子が14本並んでいました。
甘さを感じると口が伸びる
足が甘い液体にふれると、チョウやガはくるくると巻いていた口を伸ばします。口吻(こうふん)と呼ばれるストロー状の口で、ふだんはぜんまいのように巻かれています。
この反応は実験で確かめられています。2010年に学術誌ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・バイオロジーに載った研究では、オオタバコガのふ節にショ糖、ブドウ糖、果糖、麦芽糖などの液をつけました。どれも口を伸ばす反応を引き起こし、液が濃いほど神経の反応も強まりました。
口を伸ばす効果がいちばん強かったのはショ糖です。ふ節はアミノ酸の一種リシンにも強く反応しました。この反応は、卵を産む場所選びに関わると考えられています。花にとまってすぐ蜜を吸えるのは、着地した瞬間に足が味見を終えているからです。
卵を産む葉を足で確かめる
アゲハのメスは、産卵の前に前脚2本で葉の表面を交互に叩きます。ドラミングと呼ばれる行動で、葉に含まれる揮発しない成分を足のセンサーで確かめているのです。
幼虫は決まった植物しか食べられません。ナミアゲハの食草はミカン科の植物で、葉を選び間違えれば、生まれた幼虫は育ちません。
JT生命誌研究館によると、ミカンの葉からはナミアゲハの産卵を促す化合物が10種類報告されています。シネフリン、スタキドリン、カイロイノシトールなどです。近い仲間のクロアゲハでは6種類、シロオビアゲハでは5種類が報告されています。
2011年、同館の尾崎克久氏らのチームは、ナミアゲハの前脚で働く味覚受容体PxutGr1がシネフリンだけに反応することを突き止め、学術誌ネイチャー・コミュニケーションズに発表しました。さなぎの段階でこの受容体のはたらきを抑えると、成虫のふ節はシネフリンに反応しにくくなり、産卵行動も大きく弱まりました。足の味見は、次の世代の生死を分ける判断です。
決め手は成分の組み合わせ
足で葉を叩く行動に最初に気づいたのは、イルゼという研究者です。1937年、オオモンシロチョウが産卵に目からのどんな情報を使っているかを観察していて、メスが産卵の直前に前脚で葉の表面を素早く叩くことを見つけました。
その後の研究で、叩いて確かめる成分の組み合わせも分かってきました。尾崎氏が2021年に季刊「生命誌」に書いた解説によると、シネフリンとカイロイノシトールを混ぜた液を感じると、ナミアゲハのメスは高い確率で卵を産みます。1つの成分ではなく、組み合わせで「ここはミカンの葉だ」と判断しているのです。
同じアゲハの仲間でも、キアゲハはセリ科の植物を食べます。ミカン科とセリ科は、人にとっては味も香りも違い、植物の分類でも遠い間柄です。ところがどちらも、フラノクマリン類という毒が主な防御成分だという点で似ています。チョウの足が見ているのは、人の舌とは別の物差しです。
味覚遺伝子の数は食べ物の幅で変わる
昆虫が持つ味覚受容体の遺伝子の数は、種類によって大きく違います。2019年に学術誌インセクト・サイエンスに載ったチョウとガの味覚の総説と、ミツバチの遺伝子解析の論文から数字を拾うと、次のようになります。
| 昆虫 | 味覚受容体遺伝子 | 食べ物の特徴 |
|---|---|---|
| オオタバコガ(ガ) | 197 | さまざまな植物を食べる |
| カイコ(ガ) | 76 | クワの葉だけ |
| ヘリコニウス・メルポメネ(チョウ) | 72 | トケイソウの仲間 |
| コナガ(ガ) | 69 | アブラナ科だけ |
| オオカバマダラ(チョウ) | 58 | トウワタなどガガイモの仲間だけ |
| ミツバチ(参考) | 10 | 花の蜜と花粉。幼虫は巣で世話される |
何でも食べるオオタバコガが197個と飛び抜けています。総説は、多くの植物の成分を見分ける必要があることと結びつけています。食べる植物が1つの仲間に限られるカイコ、コナガ、オオカバマダラは、58〜76個の範囲に収まっています。
反対にミツバチは10個しかありません。キイロショウジョウバエの68個、ハマダラカの76個と比べてもずっと少なく、論文の著者は、幼虫が巣の中で育てられ、花が蜜で蜂を招いてくれることを理由に挙げています。ミツバチはにおいの受容体の遺伝子なら170個も持っていて、味とは対照的です。花はにおいで探し、味の見分けにはあまり頼らない暮らし方が、数字に表れています。チョウは自分の足で幼虫の食べ物を選ばなければならないので、味の道具が多く必要になるわけです。
味を感じる場所は足だけではない
味覚受容体があるのはふ節だけではありません。同じ総説によると、触角、口吻、口のそばのひげ、脚のふ節、はね、産卵管と、体のあちこちの感覚子で働いています。
性別による差もあります。中南米にすむドクチョウの仲間ヘリコニウス・メルポメネでは、前脚にある味の感覚子の数がオスとメスではっきり違いました。26個の受容体遺伝子がメスで強く働いていて、そのうち21個はこの仲間にしかないものでした。卵を産む役目を負うメスほど、脚の味覚が発達しているわけです。
「人間の舌の200倍」は根拠が不明
足のセンサーは人間の舌の200倍敏感、という説明をよく見かけます。ただしこの数字は、もとになった研究をたどれる形で示されている例が見当たりません。
500倍とする紹介もあり、数字自体が一定していません。広く語られてはいますが、裏づけのはっきりしない俗説として受け取るのが安全です。
確かなのは、足のセンサーが糖の種類や濃さを見分け、食草の成分を1種類単位で見分けているという実験結果のほうです。
よくある疑問
- チョウは足でどんな味を感じているのですか?
- 蜜に含まれるショ糖などの糖と、幼虫の食草に含まれる成分です。ガの実験では、アミノ酸のリシンにも強く反応しました。蜜を吸うかどうかと、卵を産むかどうかの両方を、足の味見で決めています。
- ほかの昆虫も足で味を感じますか?
- 感じます。2014年のミツバチの研究では、前脚の先のつめにある感覚子が砂糖に強く反応し、ふ節の感覚子は薄い塩水に敏感でした。足で味を見る昆虫は、チョウに限りません。
- アゲハが足で葉を叩く様子は観察できますか?
- ナミアゲハのメスは、ミカンなどの柑橘類やサンショウといったミカン科の木に卵を産みに来ます。葉にとまって前脚を小刻みに動かしていたら、それがドラミングです。卵はかたまりではなく、1個ずつ葉に産みつけられます。
まとめ
チョウは脚の先のふ節にある化学感覚子で、蜜の甘さと食草の成分を味見しています。ナミアゲハではシネフリンだけに反応する受容体が見つかり、その働きを抑えると産卵が大きく減りました。味覚遺伝子の数は食べ物の幅と結びついていて、何でも食べるガは197個、巣で育つミツバチは10個です。晴れた日にミカン科の木のそばで、前脚で葉を叩くアゲハを探してみてください。
参考にした資料
- PubMed Central(Insect Science) — How do moth and butterfly taste?—Molecular basis of gustatory receptors in Lepidoptera
- PubMed(Nature Communications, 2011) — A gustatory receptor involved in host plant recognition for oviposition of a swallowtail butterfly
- PubMed(Journal of Experimental Biology) — Tarsal taste neuron activity and proboscis extension reflex in response to sugars and amino acids
- JT生命誌研究館 — チョウが食草を見分けるしくみを探る
- Genome Research(2006) — The chemoreceptor superfamily in the honey bee, Apis mellifera
- Frontiers in Behavioral Neuroscience(2014) — The tarsal taste of honey bees: behavioral and electrophysiological analyses
- Wikipedia(日本語版) — ナミアゲハ
- JT生命誌研究館 季刊「生命誌」107号 — 植物の毒とチョウの食草転換(尾崎克久)