雑学

自由の女神はなぜ緑色?もとは茶色に輝いていた銅像の秘密

2026年7月公開 · 2026年9月更新 · 読了7分
自由の女神はなぜ緑色?もとは茶色に輝いていた銅像の秘密

自由の女神が緑色なのは、表面をおおう銅が空気中の成分と反応して、緑青(ろくしょう)に変わったからです。1886年の完成当時は、10円玉のような赤みがかった茶色でした。

アメリカ国立公園局によると、緑青が全体にできあがるまでには約30年かかりました。しかもこの緑は、汚れではなく銅を守る膜になっています。この記事では、色が変わった仕組みと、塗り直さない理由、ひとつだけ金色のまま残る場所、家で確かめる方法までを順に説明します。

フランスから贈られた「世界を照らす自由」

正式な名前は「世界を照らす自由」といいます。アメリカ独立100周年を記念する贈り物として、フランスの法学者エドゥアール・ド・ラブライエが1865年に提案し、彫刻家フレデリック・オーギュスト・バルトルディが制作しました。

内部を支える鉄骨を設計したのは、エッフェル塔で知られるギュスターヴ・エッフェルです。像はフランス国民の寄付で、台座はアメリカ側の寄付でまかなう約束でした。

台座の資金が足りず工事が止まったとき、新聞発行人のジョゼフ・ピュリツァーが1885年3月に自分の新聞で募金を呼びかけました。国立公園局によると、その年の秋までに12万人以上から10万ドル以上が集まっています。ピュリツァーは、どんなに少額でも寄付した人のほぼ全員の名前を紙面に載せました。除幕式は1886年10月28日です。

皮膚は硬貨2枚分の銅板

像の表面は、厚さ3/32インチ(2.4mm)の銅板です。アメリカの1セント硬貨を2枚重ねた程度しかありません。

銅板を熱して木槌で叩き、形を出していく「打ち出し」という技法で作られました。使われた銅の重さは約17万6千ポンド、およそ80トンです。地面からたいまつの先まで92.99mある巨体が、これほど薄い銅でおおわれています。

自由の女神の主な数字(アメリカ国立公園局「Statue Statistics」より)
項目数字
地面からたいまつの先まで92.99m
かかとから頭のてっぺんまで33.86m
地面から台座の上まで46.94m
右腕の長さ12.80m
人さし指の長さ2.44m
鼻の長さ1.37m
銅板の厚さ3/32インチ(約2.4mm)
銅の重さ17万6千ポンド(約80トン)
内部の骨組みの重さ44万ポンド(約200トン)
冠窓25個、光線7本
風による揺れ像は最大約7.6cm、たいまつは最大約15cm

人さし指だけで2.44メートルあり、大人の背丈を軽く超えます。表を見ると、骨組みの重さは銅の皮膚のおよそ2.5倍です。薄い銅の皮を鉄骨が内側から支え、風を受ければたいまつが15センチほどしなる。巨大な像は、しなやかな構造で立っています。

茶色から緑へ、30年かけて

銅は空気にさらされると、まず表面に赤褐色の酸化物の膜を作ります。その膜が大気中の硫黄分や水分と反応し、ブロシャンタイトという緑色の物質へ変わります。

1986年に発表されたX線回折による分析でも、女神をおおう緑の主成分はこのブロシャンタイトだと確認されました。

変色は一気には進みません。緑が目立ち始めたのは1900年代の初めで、1906年にはすでに議会で問題になるほど広がっていました。国立公園局は、銅が完全に酸化して緑青の層ができあがるまで約30年かかったと説明しています。

ブロシャンタイトは、化学の名前でいえば塩基性硫酸銅です。日本銅センターも、緑青の代表的な成分をこの塩基性硫酸銅として、非常に強くて安定した膜だと説明しています。硫黄分が多い都会の空気が、この緑を作る材料になりました。

塗り直さないのは、緑が鎧だから

その1906年、アメリカ議会は像を塗装するための予算をつけました。緑色を、銅が傷んでいるしるしと考えたのです。

市民から「冒涜だ」と反対の声が上がり、外側の塗装は取りやめになります。調査した陸軍工兵隊は、緑青が銅の表面を保護しており「像の輪郭をやわらげ、美しくしている」と結論づけました。塗装は内部だけにとどめられます。

国立公園局は現在も、緑青の層は場所によって下の銅と同じくらい厚く、銅がすり減るのを防いでいると説明しています。緑は放置された色ではなく、残すと決められた色でした。

ひとつだけ緑にならない場所

たいまつの炎だけは、緑ではなく金色に輝いています。今のたいまつは1986年に取り付けられた2代目で、銅の炎を24金でおおっているためです。

国立公園局によると、初代のたいまつは内部の支えが直せないほど腐食したため、1984年に取り外されました。現在は島にある博物館で展示されています。夜になると炎は下から照らされ、緑の像の上で一点だけが光ります。

たいまつの部分には、今は人が上がれません。国立公園局によると、たいまつは1916年7月30日の「ブラック・トム爆発」以来、閉鎖されたままです。冠までは、細いらせん階段を含む約10階分の階段を上れば今も行けます。

100歳を前にした大修理

緑青は外側の銅を守りましたが、内側まで無事だったわけではありません。国立公園局によると、1984年に像の外側に足場が組まれ、完成100周年に向けた大規模な修復が始まりました。

作業員は銅の皮膚にあいた穴をふさぎ、内側の銅と鉄骨に重ねて塗られていた塗料の層をはがしました。外側は塗らないと決めた一方で、内側には塗料が何層も重ねられていたのです。銅の皮膚と骨組みをつなぐ鉄の棒は錆びていたため、すべてステンレスの棒に取り替えられました。

水で傷んでいたたいまつの炎は、バルトルディの最初の設計どおりの複製に作り直され、当初の計画に沿って金で仕上げられています。修復は1986年に終わり、7月4日の独立記念日に100周年が祝われました。外の緑は残し、内側の傷みだけを直す。女神の色は、この修理でも守られたわけです。

10円玉で確かめる

自由の女神と同じ変化は、手元の10円玉でも見られます。造幣局によると、10円玉は銅950、亜鉛40〜30、すず10〜20の割合でできた青銅で、ほとんどが銅です。今と同じ図柄の10円玉は1959年から作られているので、財布の中には60年以上前の硬貨がまじっていることもあります。

新しい10円玉は明るい銅色ですが、長く使われたものは茶色から黒っぽく変わり、湿った場所に置かれたものには青緑色のさびが出ていることがあります。これが緑青です。財布の中の10円玉を製造年ごとに並べると、女神が1886年から少しずつ色を変えていった過程を、小さな円の上でたどれます。

よくある疑問

緑青は毒ではないのですか?
日本では長く猛毒と言われてきました。日本銅センターによると、厚生省(当時)が1981年から1984年にかけて試験したうえで、緑青は「無害に等しい」と公表しています。ただし口に入れてよいという意味ではないので、さびた硬貨や銅製品を扱ったあとは手を洗いましょう。
冠の7本のとげは何を表していますか?
国立公園局は、光を表す後光だと説明しています。女神はローマ神話の自由の女神リベルタスをかたどっており、冠の光線はその頭から放たれる光です。冠には窓が25個あり、展望スペースになっています。
女神が左手に持っている板には何が書いてありますか?
アメリカ独立の日付である1776年7月4日が、ローマ数字で刻まれています。足元には断ち切られた鎖もありますが、地上からは見えない位置にあります。鎖は圧政や隷属からの解放を表すと考えられています。

まとめ

自由の女神が緑色なのは、表面の銅が硫黄分や水分と反応して、ブロシャンタイトを主成分とする緑青に変わったからです。完成時は10円玉のような茶色で、全体が緑青になるまで約30年かかりました。1906年に塗装の話が出たものの、緑青が銅を守っていることがわかり、外側は今も塗られていません。次に10円玉を手に取ったら、色の違う硬貨を探して、女神と同じ変化が起きているかを見比べてみてください。

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