雑学

自由の女神はなぜ緑色?もとは茶色に輝いていた銅像の秘密

2026年7月 · 読了3分
自由の女神はなぜ緑色?もとは茶色に輝いていた銅像の秘密

自由の女神が緑色なのは、表面をおおう銅が空気中の成分と反応して、緑青(ろくしょう)に変わったからです。1886年の完成当時は、10円玉のような赤みがかった茶色でした。

緑に染まりきったのは、それから約20年後のことです。しかもこの緑は、汚れではなく銅を守る膜になっています。

フランスから贈られた「世界を照らす自由」

正式な名前は「世界を照らす自由」といいます。アメリカ独立100周年を記念する贈り物として、フランスの法学者エドゥアール・ド・ラブライエが1865年に提案し、彫刻家フレデリック・オーギュスト・バルトルディが制作しました。

内部を支える鉄骨を設計したのは、エッフェル塔で知られるギュスターヴ・エッフェルです。像はフランス国民の寄付で、台座はアメリカ側の寄付でまかなう約束でした。

台座の資金が足りず工事が止まったとき、新聞発行人のジョゼフ・ピュリツァーが募金を呼びかけ、12万人から10万2千ドルを集めています。寄付の8割は、1ドルに満たない少額でした。除幕式は1886年10月28日です。

皮膚は硬貨2枚分の銅板

像の表面は、厚さ3/32インチ(2.4mm)の銅板です。アメリカの1セント硬貨を2枚重ねた程度しかありません。

銅板を熱して木槌で叩き、形を出していく「打ち出し」という技法で作られました。使われた銅の重さは約17万6千ポンド、およそ80トンです。

地面からたいまつの先まで92.99mある巨体が、これほど薄い銅でおおわれています。

茶色から緑へ、20年かけて

銅は空気にさらされると、まず表面に赤褐色の酸化物の膜を作ります。その膜が大気中の硫黄分や水分と反応し、ブロシャンタイトという緑色の物質へ変わります。

1986年に発表されたX線回折による分析でも、女神をおおう緑の主成分はこのブロシャンタイトだと確認されました。

変色は一気には進みません。緑が現れ始めたのは1900年を過ぎたころで、1906年には像の全体をおおったと記録されています。

完成から20年かけて、女神はゆっくり色を変えていたことになります。

塗り直さないのは、緑が鎧だから

その1906年、アメリカ議会は像を塗装する案を持ち出しました。緑色を汚れと考えたのです。

市民から反対の声が上がり、調査した陸軍工兵隊は、緑青が銅の表面を保護しており「像の輪郭をやわらげ、美しくしている」と結論づけました。塗装は内部だけにとどめられます。

国立公園局は現在も、緑青の層は場所によって下の銅と同じくらい厚く、銅がすり減るのを防いでいると説明しています。緑は放置された色ではなく、残すと決められた色でした。

ひとつだけ緑にならない場所

たいまつの炎だけは、緑ではなく金色に輝いています。今のたいまつは1986年に取り付けられた2代目で、銅の炎を24金でおおっているためです。

初代のたいまつは1984年に取り外され、現在は島にある博物館へ移されました。夜になると炎は下から照らされ、緑の像の上で一点だけが光ります。

女神は完成した日から一度も塗り直されていません。今の緑は、130年以上の風と雨と潮風が銅の上に描いた記録です。

次に写真を見るときは、緑の中でひとつだけ光る金色の炎を探してみてください。

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