カマキリはなぜ虫の中でも指折りの狩人なのか
カマキリが狩人として優れている理由は、速さではありません。獲物までの距離を立体視で測り、相手の動きに合わせて一撃の出し方を変えられることにあります。
前足を振り出すのにかかる時間はおよそ0.1秒で、昆虫の中にはもっと速い一撃を持つ虫もいます。この記事では、鎌のつくり・距離の測り方・一撃の速さ・成功しやすい間合い・待ち伏せを支える隠れ方、そして小鳥まで捕らえる例を研究の結果をもとに説明します。
鎌の正体はトゲの並んだ前足
カマキリの前足は、太い「腿節(たいせつ)」と、そこに折りたたまれる「脛節(けいせつ)」でできています。腿節には溝があり、そのふちにトゲがずらりと並んでいます。
脛節を閉じると溝にぴたりとはまり、トゲとトゲがかみ合って獲物を逃がしません。挟むというより、トゲ付きの折りたたみナイフで留めるような構造です。
ふだんはこの前足を胸の前で折りたたんでいて、その姿が祈っているように見えることが、英語名 praying mantis(祈るカマキリ)の由来になりました。
距離を測る立体視
カマキリは、立体視ができると確かめられている唯一の昆虫です。2018年、イギリスのニューカッスル大学の研究チームは、カマキリに極小の色つきメガネを蜜ろうで取り付けました。そのうえで、立体映像の獲物を見せる実験を行いました。
カマキリは、そこにいないはずの獲物へ鎌を振り出しました。しかもその立体視は人間とは仕組みが違い、左右の絵柄を細かく照合するのではなく、「動いて変化している場所」を手がかりに奥行きをつかんでいました。
左右の目に見せる模様をまったく別のものにしても、動きさえそろっていれば、カマキリは奥行きを感じ取りました。人間なら立体に見えなくなる条件です。研究チームは、カマキリの立体視が「捕まえられる距離に獲物がいるか」という1つの問いに答えるために進化したと考えています。止まった絵を細かく比べる必要がない分、小さな脳でも計算が済みます。
研究を率いたのはヴィヴェク・ニティヤナンダ博士らで、成果は学術誌「Current Biology」に掲載されました。計算の少ないこの仕組みは、省電力で動く小型ロボットの目のヒントになると期待されています。
振り出しにかかる時間は約0.1秒
では、その一撃はどれくらい速いのでしょうか。2020年に発表されたマダガスカル産のカマキリ(Polyspilota aeruginosa)の研究では、8匹が繰り出した96回の一撃を高速度カメラで撮影しています。
一撃にかかる時間は60ミリ秒から290ミリ秒、中央値でおよそ100ミリ秒でした。脛節を振り出す動きだけを取り出すと、中央値は65ミリ秒です。人のまばたきは100〜400ミリ秒ほどなので、速いまばたきと同じくらいの時間で一撃が終わります。
たしかに速い。ただし「目にもとまらぬ速さ」と呼べるほどではありません。
昆虫界の最速ではない
速さだけを競えば、上には上がいます。2006年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)で報告された研究によると、アギトアリの仲間は大あごをわずか0.13ミリ秒で閉じます。
| 動き | かかる時間 | カマキリの一撃との比 |
|---|---|---|
| カマキリの一撃(全体) | 60〜290ミリ秒(中央値100) | 1 |
| カマキリの脛節の振り出し | 中央値65ミリ秒 | 約0.65倍 |
| アギトアリが大あごを閉じる | 0.13ミリ秒 | 約770分の1 |
| 人のまばたき | 100〜400ミリ秒 | 1〜4倍 |
アギトアリとカマキリでは、かかる時間の桁が3つ違います。それでもカマキリが狩人として通用しているのですから、強みは速さ以外のところにあります。
速さより「合わせる」うまさ
2020年の研究では、プラスチックの玉やハエ・コオロギの幼虫を、秒速200・330・730ミリの3段階の速さで動かして見せました。すると、カマキリの一撃は決まりきった動作ではないことが分かりました。
獲物がゆっくり動いているときは脛節を伸ばす時間が長くなり、途中で動きを止める「ため」が入る回数も増えます。ためが入ったのは全体の約3割で、遅い獲物では56%、速い獲物では9.4%でした。相手の速さを見ながら、振り出しの速度と組み立て方そのものを変えています。なお、ためが入るかどうかは成功率に影響せず、獲物が速いほど成功しやすいという結果でした。
2024年に発表された別の研究では、別の種のカマキリ(Sphodromantis lineola)11匹の捕獲の試み192回を分析しました。試みた距離は1.1〜6.2センチの範囲で、成功したのは82回、成功率は約43%です。成功した一撃の距離は平均3.01センチで、失敗した一撃の平均3.31センチより近い間合いでした。
失敗しやすかったのは、遠くの獲物へ速く、前足を大きく広げて振り出した一撃です。近い間合いでゆっくり慎重に出した一撃のほうが、獲物をとらえていました。
待ち伏せを支える隠れ方
カマキリの多くは、獲物を追いかけ回さず、じっと待って近づいてきた相手を捕らえる「待ち伏せ型」の狩人です。近い間合いが成功しやすい以上、獲物に気づかれずに待てるかどうかが勝負になります。
その極端な例が、東南アジアの熱帯にすむハナカマキリ(Hymenopus coronatus)です。2014年の野外実験で、ハナカマキリは本物の花よりも多くの送粉昆虫を引き寄せ、近づいた虫を捕らえていました。
体の色は、ハチなど送粉昆虫の目から見て、周りに咲く花の色と区別がつきませんでした。花に隠れるのではなく、自分が花になって獲物を呼び寄せる戦略です。
小鳥まで捕らえる
カマキリの獲物はふだん昆虫ですが、自分より大きな相手を捕らえることもあります。スイスのバーゼル大学のマーティン・ニフェラーらは2017年、カマキリが小鳥を捕らえた記録を世界中から集めて発表しました。
記録は南極を除くすべての大陸の13か国から147件。9つの属にまたがる12種のカマキリが、24種の鳥を捕らえていました。その中には、日本のオオカマキリと同じTenodera属のカマキリも含まれています。7割以上はアメリカでの記録で、特に多く犠牲になっていたのはノドアカハチドリなどのハチドリです。
カマキリが鳥を捕らえた場所は、庭に置かれたハチドリ用の餌台や、ハチドリが蜜を吸いに来る植物であることが多くありました。待ち伏せ型の狩りが、たまたま鳥にまで届いた例です。
よくある疑問
- カマキリの目の黒い点がこちらを追ってくるのはなぜですか?
- 黒い点は瞳ではなく「偽瞳孔」と呼ばれる見え方です。複眼をつくる小さな目のうち、こちらを真正面から向いているものだけが光を吸い込み、黒く見えます。見る位置を変えると黒く見える小さな目も入れ替わるので、点が追ってくるように見えます。
- カマキリの狩りの成功率はどれくらいですか?
- 2024年の実験では、192回の捕獲の試みのうち82回が成功し、成功率は約43%でした。獲物との距離が近いほど成功しやすく、平均3センチほどの間合いで成功が多くなっていました。
- カマキリは速さで獲物をとらえているのですか?
- 速さだけではありません。一撃は約0.1秒で、アギトアリの大あごよりはるかに遅いです。立体視で距離を測り、獲物の速さに合わせて一撃の組み立てを変えることが、カマキリの狩りを支えています。
まとめ
カマキリの狩りは、速さで押し切るものではありません。トゲの並んだ前足と動きを手がかりにした立体視、そして獲物の速さに合わせて変わる一撃が、約0.1秒の振り出しを確実な狩りに変えています。成功しやすいのは3センチほどの近い間合いで、じっと動かないのは距離を測り、相手を引き寄せるための時間です。草むらでカマキリを見つけたら、鎌を出す瞬間ではなく、その手前の動かない数秒を眺めてみてください。
参考にした資料
- ニューカッスル大学 — New form of 3D vision discovered in praying mantis(2018年)
- Biology Letters — Prey speed influences the speed and structure of the raptorial strike of a 'sit-and-wait' predator(Rossoni & Niven, 2020)
- Journal of Experimental Biology — Modulation of prey capture kinematics in relation to prey distance helps predict success(Oufiero ほか, 2024)
- EurekAlert!(バーゼル大学) — Praying mantises hunt down birds worldwide(2017年)
- ScienceDaily — Praying mantises hunt down birds worldwide(2017年)
- Wikipedia — Hymenopus coronatus(ハナカマキリ)
- Wikipedia — Pseudopupil
- Wikipedia — Blinking