1キログラムの基準はもう金属の重りではない
1キログラムの基準は、2019年5月20日に金属の分銅から物理定数へ切りかわりました。それまでの130年間、世界中の重さはパリ郊外に保管された一個の分銅がよりどころでした。
ところがその分銅は、年月とともにごくわずかに変化します。今の1キログラムは、決して変わらない「プランク定数」という数値から導かれています。
パリに眠る一個の分銅
旧定義の主役は、国際キログラム原器と呼ばれる分銅でした。白金90パーセントとイリジウム10パーセントの合金でできていて、直径も高さも約39ミリメートル。
1889年に定められ、フランスの国際度量衡局に今も保管されています。当時は、目に見えて手で触れる物こそ確実だと考えられていました。
同じ形のコピーが各国に配られ、日本国キログラム原器は1890年に日本へ届きました。現在は茨城県つくば市の産業技術総合研究所にあります。
100年で50マイクログラムのずれ
厳重に保管しても、原器とコピーの間には差が生まれました。米国立標準技術研究所によると、公式のコピーの多くは原器に対して重くなる方向にずれ、その差は100年でおよそ50マイクログラムに達しています。
やっかいなのは、原器が減ったのかコピーが増えたのかを確かめられない点です。原器そのものが基準なので、正解を教えてくれる相手がいません。
産業技術総合研究所は、原器の安定性は1億分の5程度が限界だと説明しています。
プランク定数を決め打ちする
新しい定義は、測るのをやめて数値を固定するという発想でできています。プランク定数を6.62607015かける10のマイナス34乗ジュール秒と定め、もう測り直さないことにしました。
ジュール秒は「キログラム・メートルの2乗・毎秒」に分解できる単位です。メートルは光の速さ、秒は原子の振動ですでに固定されているので、残るキログラムが自動的に決まります。
この改定は2018年11月の国際度量衡総会で採択され、2019年5月20日の世界計量記念日から施行されました。
定数から重さを取り出す装置
定数を実際の重さに変えるのが、キッブルバランスという装置です。まず、皿にのせた分銅にかかる重力と、磁石の中に置いたコイルに電流を流して生まれる力をつり合わせます。
次に分銅を外し、同じコイルを一定の速さで動かして、生じる電圧を測ります。この2段構えにすると、磁石の強さやコイルの長さといった測りにくい量が計算から消え、質量は電流と電圧、重力加速度、速さだけで表せます。
電流と電圧は量子効果を使って測るため、答えはプランク定数につながります。もう一つ、シリコンの単結晶で作った1キログラムの球の直径を測り、中の原子の数を数える方法もあります。日本はこちらで新定義に貢献しました。
体重計の数字は変わらない
定義が変わっても、1キログラムの重さそのものは動いていません。新旧の定義がなめらかにつながるよう、プランク定数の値が選ばれたからです。
変わったのは、基準の作り方です。以前はパリの分銅と比べに行くしかありませんでしたが、今は装置さえあれば、どこの研究室でも基準を作り直せます。
役目を終えた日本国キログラム原器も、原器から特定標準器へと位置づけを変えました。
単位の歴史は、人が作った物を手放して自然界の数値に預けてきた歴史です。次に体重計に乗るときは、その1キログラムがパリの分銅ではなく、宇宙のどこでも同じ定数から来ていることを思い出してみてください。
参考にした資料