科学

床でこすったら火がついた、マッチが生まれた偶然

2026年7月 · 読了2分
床でこすったら火がついた、マッチが生まれた偶然

マッチは、鉄砲用の発火薬をつくる作業のかたわらで生まれました。1826年、イギリスの薬剤師ジョン・ウォーカーは、薬品を練り合わせていました。

かき混ぜ棒の先に固まった薬がこびりつき、それを暖炉わきの床でこすり落とそうとした瞬間、炎が上がったのです。こすれば火がつく道具は、ここから始まりました。

かき混ぜ棒の先で起きたこと

ウォーカーは1781年生まれ、イングランド北東部の町ストックトン・オン・ティーズで薬局を営む薬剤師でした。彼が練っていたのは、銃の発火に使う薬のもとになるペーストです。

棒の先に乾いた固まりが残り、こすり落とそうとしたところで火がつきました。ただし、この出来事を本人が書き残した記録は見つかっていません。

話は逸話として伝えられ、薬の配合のほうは、後の研究者が残された製品を分析して突き止めました。

こすっただけで燃えた理由

物が燃えるには、燃える材料と酸素と熱の3つがそろう必要があります。ウォーカーのペーストには、塩素酸カリウムと硫化アンチモンが入っていました。

塩素酸カリウムは熱が加わると酸素を放つ薬品で、硫化アンチモンはよく燃える材料です。つまり、空気中の酸素を待たなくても、この粒の中だけで燃焼が完結します。

こすったときに出るわずかな熱が引き金になり、一気に炎まで届いたのです。

ブリキの筒とガラス紙で売り出す

記録に残る最初の販売は、1827年4月7日です。ウォーカーはこれを「フリクション・ライト」、つまり摩擦の灯と呼びました。

マッチともルシファーとも呼んでいません。木の軸を硫黄にひたし、先にペーストを付け、ブリキの筒に入れて売りました。

こすりつけるためのガラス紙が添えられ、値段は100本と筒で1シリング2ペンス。それまでは火打ち石と火口箱で火種をつくっていたので、手元で火を起こせること自体が新しかったのです。

特許を取らなかった人

ウォーカーは特許を取りませんでした。世の役に立つのだから公開すればよい、という趣旨の言葉が残っています。

独占しない選択の結果、ロンドンの薬剤師サミュエル・ジョーンズが「ルシファー」の名で安く売り出し、ウォーカーは1830年ごろ製造をやめました。一方で、マイケル・ファラデーが1829年にロンドンの講義で紹介したことから、この仕組み自体は急速に広まりました。

便利さの裏で起きたこと

その後、もっと火がつきやすいマッチを求めて、白リンが使われるようになります。19世紀のイギリスでは女性や子どもが1日12時間以上マッチ工場で働き、白リンの蒸気を吸って顎の骨が腐る「リン中毒性顎骨壊死」にかかりました。

顔が変形するほど重い病気で、規制までには長い時間がかかっています。アメリカで白リンのマッチに重い税がかけられ、実質的に禁じられたのは1912年でした。

引き出しの中の1本には、こすれば火がつくという偶然と、その後に払われた代償の両方が詰まっています。次にマッチをする前に、軸先の小さな粒を少しだけ眺めてみてください。

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