科学

放置した培養皿の青カビが、命を救う薬になった?

2026年7月 · 読了3分
放置した培養皿の青カビが、命を救う薬になった?

1928年9月3日、休暇から研究室に戻ったイギリスの細菌学者フレミングは、片づけ忘れた培養皿に青カビが生えているのを見つけました。よく見ると、カビを取り囲む部分だけ菌が消えています。

この一皿が、のちに世界中の命を救う抗生物質ペニシリンの出発点になりました。ただし、見つけたその日に薬ができたわけではありません。

放置された培養皿に起きたこと

舞台は、ロンドンのセント・メアリー病院にあった研究室です。フレミングが育てていたのは、傷の化膿やできものを起こす黄色ブドウ球菌でした。

休暇のあいだ、皿は実験台に置かれたままになります。戻った彼が気づいたのは、青カビのかたまりのまわりに、菌の育たない透明な輪ができていたことでした。

彼は、このカビが出している物質を「ペニシリン」と名づけます。

偶然が重なった1928年の夏

透明な輪ができたのは、温度の巡り合わせが良かったからです。青カビはおよそ20度より低い環境でよく育ち、黄色ブドウ球菌は25度前後で勢いよく増えます。

1928年8月末のロンドンは、暑さのあとに9日ほど涼しい日が続きました。先にカビが育って物質を出し、そのあと暖かくなって菌が増える。

この順番でなければ、輪は現れません。なお「窓から胞子が飛び込んだ」という話が広く語られていますが、裏づけのない俗説です。

一階下にあった真菌学の研究室から胞子が漂ってきた、と考えられています。

なぜ菌だけが壊れるのか

ペニシリンは、細菌が自分の細胞壁をつくる働きを止めます。壁を補修できなくなった細菌は、内側からの圧力に耐えられず壊れてしまいます。

いっぽう、人の細胞に細胞壁はありません。だから細菌だけを選んで壊せるのです。

薬になるまでの12年

フレミングは1929年に論文を発表しますが、ほとんど注目されませんでした。ペニシリンは不安定で、取り出して濃くする作業が当時の技術では手に負えなかったのです。

彼自身も、傷口に塗る消毒薬に近い使い方を思い描いていました。流れが変わったのは1940年です。

オックスフォード大学のフローリーとチェインらが、体の中に入れる治療薬として効くことを確かめました。1945年のノーベル生理学・医学賞は、この三人が共同で受賞しています。

フレミングは受賞の講演で、量の足りない使い方をすると細菌が薬に耐えるようになる、と警告しました。

量産を救った、傷んだメロン

実用化の壁は量でした。フレミングが見つけたカビは、必要な量をまかなうには効率が低すぎたのです。

第二次世界大戦中、アメリカ・イリノイ州ピオリアの農務省の研究所は、各地からカビを集めて片端から調べました。当たりは、市場から持ち込まれた傷んだメロンに生えていた青カビです。

この株は桁違いに多くのペニシリンを作りました。トウモロコシの加工で出る液を栄養に使う方法と組み合わさり、ようやく量産の道が開けます。

失敗に見えた一皿が、世界の医療を変えました。ただし、変えたのは偶然だけではありません。

違和感に気づいた目、10年以上かけて薬に仕上げた人たち、そして一個のメロン。次に身近な「失敗」に出会ったら、片づける前に一度だけ観察してみてください。

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