雑学

ピサの斜塔はなぜ傾いた?建設の途中から傾いていた事実

2026年7月 · 読了3分
ピサの斜塔はなぜ傾いた?建設の途中から傾いていた事実

ピサの斜塔が傾いた原因は、塔の重さに対して地盤が軟らかすぎたことです。完成してから傾いたのではなく、着工から5年ほど、まだ下のほうを積んでいる段階でもう傾き始めていました。

そして皮肉なことに、この塔を倒れずに残したのは、およそ100年も続いた工事の中断でした。

着工5年で傾き始めた

着工は1173年。ピサ大聖堂の鐘楼として建てられました。

ところが基礎の深さはわずか3メートルしかなく、その下は水を多くふくむ軟らかい粘土の層でした。1178年、塔がまだ低いうちに南側へ沈み始め、工事は止まります。

地盤が均等に沈まず、片側だけが深く沈み込んだのです。安定化を担当したジョン・バーランド教授は、この地盤を「ゼリーの上に建てた塔」と表現しています。

100年の中断が塔を救った

工事が止まった理由は、傾きへの対策ではありません。ピサが繰り返した戦争でした。

ところがこの空白のあいだに、塔の重みをかけられた粘土は水を押し出しながら少しずつ締まっていきます。地盤が強くなったのです。

バーランド教授は、この中断がなければ塔は途中で倒れていたと述べています。

上の階は片側だけ高く積んである

1272年、ジョヴァンニ・ディ・シモーネのもとで工事が再開されます。すでに傾いた土台の上にまっすぐな塔を建てるため、低くなった側の柱やアーチを反対側より高くして積み上げました。

そのため斜塔は、まっすぐな棒が倒れかけた形ではなく、バナナのようにゆるく湾曲しています。工事はその後も戦争で中断し、鐘のある最上部が完成したのは1372年。着工から199年が過ぎていました。

土を抜いて傾きを戻した

傾きは20世紀に入っても進み、1990年には崩壊の危険から一般公開が停止されました。当時、上部は真下の位置から4メートル以上もはみ出し、石材そのものが壊れる恐れもありました。

国際委員会が選んだのは、高いほうの側の地下から土を少しずつ抜き取り、そちら側を沈ませて塔を起こす方法です。抜き取った土は約38立方メートル。

塔の頂上は約45センチ戻り、1838年ごろの角度に戻りました。2008年には塔の動きが止まったことが確認され、少なくともあと300年は安定を保つと見込まれています。

委員会が目指したのは、まっすぐ直すことではなく、傾いたまま安全にすることでした。

ガリレオの実験は裏づけがない

ガリレオ・ガリレイがこの塔から重さの違う球を落とし、同時に地面に着くことを示した。よく語られる話ですが、裏づけはありません。

この逸話が出てくるのは、弟子のヴィヴィアーニが1654年に書いた伝記だけです。ガリレオ自身の著作に塔は登場せず、大砲の弾と銃弾で試したと記しているだけ。

科学史の研究者の多くは、塔から落とした事実はなく思考実験だったとみています。有名な話ですが、俗説として扱うのが正確です。

失敗のように見える傾きが、そのまま世界的な名所になりました。写真を撮るときは傾きだけでなく、塔がわずかに湾曲していることも確かめてみてください。それが、850年前の職人が傾きと戦った跡です。

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