シンガポールでガムが売っていない理由
シンガポールの店にチューインガムが並んでいないのは、輸入・製造・販売が法律で禁じられているからです。引き金になったのは、地下鉄の車両ドアにガムを貼り付けるいたずらでした。
禁止が始まったのは1992年1月3日で、30年以上たった今も続いています。ただし、ガムをかむこと自体は違法ではありません。
発端は地下鉄のドアセンサー
シンガポールの地下鉄MRTが開業したのは1987年です。その後、使用済みのガムを車両ドアのセンサーに貼り付ける行為が起きました。
センサーがふさがれるとドアが閉まらず、その車両は運行から外されます。乗客は次の電車に乗り換えることになり、修理にも費用がかかりました。
犯人は特定できませんでした。個別に取り締まる手立てがないと判断した政府は、売ること自体を止める道を選びます。
禁止の話は1983年から出ていた
ガムを問題視する声は、地下鉄の一件よりずっと前からありました。1983年、当時の国家開発大臣が禁止を提案しています。
公営住宅の郵便受けや鍵穴、エレベーターのボタンにガムが貼り付けられ、清掃と修理の手間が増えていたためです。ただしリー・クアンユー首相は、それは厳しすぎるとして見送りました。
方針が変わったのは、国家事業だった地下鉄にまで被害が及んでからです。禁止はゴー・チョクトン首相のもとで決まりました。
かむのは合法、売るのが違法
禁じられているのは輸入・製造・販売で、かむこと自体は罪になりません。旅行者が自分で使う分を少量持ち込むことも問題になりません。
販売で有罪になった場合の罰金は、最高2000シンガポールドルです。「ガムをかむと逮捕される」という話は俗説で、法律の対象は売り手と輸入業者のほうです。
2004年に一部が解禁された
禁止は12年後にゆるみます。2004年、アメリカとの自由貿易協定をきっかけに、治療用と歯科用のガムが認められました。
ニコチンガムや、歯の健康を目的としたガムが対象です。売れるのは薬剤師と歯科医だけで、購入者の名前と身分証番号を記録する決まりになっています。
シンガポール税関が公開している輸入禁止品の一覧にも、ガムの項目には「保健科学庁が承認した歯科用・薬用のガムを除く」という但し書きが付いています。解禁されたのは健康を目的とした製品だけで、味を楽しむ普通のガムは今も対象外です。
街はどう変わったか
効果は、まず街の見た目に表れました。地域の行政を担うタウンカウンシルは、公共の場でのガムのポイ捨てが大きく減ったと報告しています。
歩道や駅の床にこびりついた黒い跡は、いったん付くと高圧洗浄でしか落ちません。掃除の人手を増やし続けるより、入り口をふさぐほうが安上がりだという判断でした。
禁止から30年以上たっても撤回されていないのは、その計算が今も成り立っているからです。
シンガポールへ行くなら、ガムは持たずに出かけるのが確実です。かむのは自由でも、現地の店で買い足すことはできません。
参考にした資料