吹き飛ばすのではなく吸い込む、掃除機を生んだ発想
ほこりを吹き飛ばす機械を見て、向きを逆にした人がいます。1901年、ロンドンの劇場で実演されていたのは、圧縮した空気でほこりを吹き飛ばすアメリカ製の掃除機械でした。
見物していた技師ヒューバート・セシル・ブースは、吸い込めばいいはずだと考えます。この一言から、動力で吸い取る掃除機が生まれました。
吹き飛ばす機械への疑問
ブースは1871年生まれのイギリスの技師で、橋や工場の機械、そして観覧車を手がけていました。ロンドン、ブラックプール、パリ、ウィーンの遊園地の大観覧車は彼の設計です。
その彼が見たのは、鉄道車両の掃除用に売り込まれていた機械でした。空気を吹きつけてほこりを飛ばすので、飛んだほこりは結局どこかに落ちます。
ブースが吸引方式を提案すると、実演していた発明者は、吸うのは無理だと取り合いませんでした。
レストランでのハンカチ実験
数日後、ブースはロンドンのレストランで食事中に試します。ビロード張りのいすの座面にハンカチを広げ、口を当てて思い切り吸い込んだのです。
ハンカチを裏返すと、生地に閉じ込められたほこりで真っ黒でした。むせながらの実験でしたが、布1枚でごみをせき止められることをその場で確かめたわけです。
本当の発明はフィルターだった
吸い込むだけなら、ごみは機械の中を通り抜けて外へ出てしまいます。ブースが特許で押さえたのは、吸引ポンプと外気の間に置くフィルターでした。
空気は通し、ちりは容器に残す。この一枚があるかないかで、掃除機は「ほこりを移動させる機械」から「ほこりを回収する機械」に変わります。
特許は1901年2月18日と8月30日に取得しました。
馬車で運ぶ掃除機
できあがった機械は「パッフィング・ビリー」と呼ばれました。ガソリンエンジンでピストンポンプを回す方式で、真っ赤な馬車に載せて運ぶ大きさです。
ブラシは付いておらず、掃除はすべて吸引だけで行いました。本体は道路に停めたまま、約25メートルのホースを窓から建物の中へ差し込みます。
ブースは同じ1901年に会社を設立し、掃除機を売るのではなく出張清掃サービスとして提供しました。1902年にはエドワード7世の戴冠式に備えてウェストミンスター寺院のじゅうたんを清掃し、その後バッキンガム宮殿とウィンザー城にも導入されています。
「世界初の掃除機」ではない
吸い取って掃除する機械の試みは、それ以前にもあります。1860年にはアメリカのダニエル・ヘスがふいごを使う手動式を、1868年にはアイブス・マカフィーが手回しファンの「ワールウィンド」を考案しました。
ブースの功績は、動力で吸い込む方式を実用にした点にあります。同じ1901年にアメリカのデビッド・T・ケニーも吸引式を発表しており、彼だけの発明ではありません。
家庭に入るのはさらに後で、1907年にジェームズ・マレー・スパングラーが持ち運べる電気掃除機をつくり、この特許をフーバー社が買い取りました。
掃除機の要は、吸う力よりもごみを逃さない仕組みのほうです。買い替えを考えるときは、吸引力の数字だけでなくフィルターの構造も見比べてみてください。
参考にした資料