スイスは夜10時以降トイレを流せない?噂の真相
「スイスでは夜10時以降にトイレの水を流すと違法」という話は、事実ではありません。米ファクトチェック機関ポリティファクトは2023年7月にこの主張を検証し、「誤り」と判定しています。
ただし、夜の静けさを守る仕組み自体はスイスに実在します。何が本当で何が作り話なのかを分けて見ていきます。
禁止する法律は確認できない
スイスには、夜間のトイレの使用や水を流す行為を禁じる連邦法も全国共通の規則も存在しません。「10時以降の水洗禁止」は都市伝説です。
ポリティファクトの検証でも、そうした法律の存在を示す記録は見つかっていません。
実在するのは「静穏時間」
本当にあるのは、ルーエツァイト(Ruhezeit)と呼ばれる静穏時間の決まりです。連邦の法律ではなく、州や市町村がそれぞれ定めています。
多くの地域で、夜10時から翌朝6時ないし7時までが対象です。この時間帯は大きな音を立てて近隣に迷惑をかけないことが求められます。
似た制度はドイツなど周辺国にもあり、スイスだけの特別な文化ではありません。定めるのが州や市町村である以上、時間帯や細かい条件は住む場所によって変わります。
賃貸住宅の「ハウスルール」
もう一つ実在するのが、ハウスオルドヌング(Hausordnung)と呼ばれる建物ごとの生活規則です。大家が定め、入居者が従う形になっています。
夜間の洗濯機・乾燥機・食器洗い機の使用を制限する条項は珍しくありません。ただし、こうした規則が有効なのは内容が妥当で実行可能な範囲にとどまる場合だけです。
書いてあれば何でも従わなければならない、というものではありません。
トイレ禁止が成り立たない理由
スイス賃借人協会のファビアン・グロール氏は、夜間のトイレの水洗を一律に禁止することは入居者の人格権を侵害しすぎる、と述べています。同協会は、住宅規則は妥当で実際的な場合にのみ拘束力を持つという立場です。
弁護士のトーマス・オーバーレ氏も、そうした禁止の実行は事実上不可能だと指摘しています。隣人のトイレやシャワーの音がうるさいからといって、警察を呼べるわけでもありません。
2013年にスイスの英字メディア「ザ・ローカル」が専門家に取材した際も、入居者全員へ一律に適用されるような決まりは存在しないことが確認されています。
なぜ広まったのか
発端は英デイリー・メール紙や独ビルト紙などの報道で、個別の物件の規則が「スイスの法律」として誇張されて伝わりました。そこへ「スイスは静けさに厳格な国」というイメージが重なり、話が独り歩きしたと見られています。
静穏時間という本物の制度があったことが、うわさに現実味を与えたのです。
スイスで暮らすとき、あるいは長期で部屋を借りるときに確認すべきは、国の法律ではなく建物ごとのハウスオルドヌングと自治体の静穏時間です。契約書に添えられた規則を実際に読むのがいちばん確実です。旅行者が夜のトイレをがまんする必要はありません。
参考にした資料