雑学

スイスは夜10時以降トイレを流せない?噂の真相

2026年7月公開 · 2026年9月更新 · 読了7分
スイスは夜10時以降トイレを流せない?噂の真相

「スイスでは夜10時以降にトイレの水を流すと違法」という話は、事実ではありません。米ファクトチェック機関ポリティファクトは2023年7月にこの主張を検証し、「誤り」と判定しています。

ただし、夜の静けさを守る決まり自体はスイスに実在します。自治体が定める静穏時間と、賃貸住宅ごとの生活規則です。何が本当で何が作り話なのか、スイスで暮らす人や旅行する人が実際に気をつけることは何かを分けて見ていきます。

禁止する法律は確認できない

スイスには、夜間のトイレの使用や水を流す行為を禁じる連邦法も全国共通の規則も存在しません。「10時以降の水洗禁止」は都市伝説です。

ポリティファクトの検証でも、そうした法律の存在を示す記録は見つかっていません。

検証の対象になったのは、2023年7月7日のフェイスブック投稿です。「スイスではアパートで夜10時以降にトイレを流すのは違法。近所の迷惑になるから」という内容でした。

ポリティファクトは、スイスの賃借人協会や現地の英語メディアの記事を確認したうえで、夜のトイレを止める法律はないと結論づけています。旅行者がホテルや民泊で夜中にトイレを流しても、罰せられることはありません。

うわさの出どころ

この話が大きく広まったのは2023年1月です。独ビルト紙と英デイリー・メール紙が相次いで取り上げました。

デイリー・メール紙は「奇妙な法律」を並べた記事の中で、スイスの大家が夜10時から朝7時までトイレを流すのを禁じる規則を設けるのはよくある、と書きました。ただし、その根拠は示していません。

話そのものはもっと古く、スイスの英字メディア「ザ・ローカル」は2013年の時点で専門家に取材し、入居者全員に一律に適用されるような決まりは存在しないと伝えています。10年たって同じ話が再び流れてきた、というのが実際の経緯です。

個別の物件の規則が「スイスの法律」として誇張され、そこへ「スイスは静けさに厳格な国」というイメージが重なりました。静穏時間という本物の制度があったことが、うわさに現実味を与えたのです。

実在するのは「静穏時間」

本当にあるのは、ドイツ語でルーエツァイト(Ruhezeit)と呼ばれる静穏時間の決まりです。連邦の法律ではなく、州や市町村がそれぞれ定めています。

チューリヒ市を例にとると、市の一般警察規則で夜間の静穏時間(ナハトルーエ)は原則として夜10時から朝7時までです。夏時間の金曜と土曜だけは、夜11時から朝7時になります。

この時間帯は、騒音で他人の迷惑になることが原則として禁じられます。さらに平日の昼12時から1時までと、夜8時から静穏時間が始まるまでも、住民の休息に配慮するよう求められています。日曜と祝日も同じく配慮が必要な日です。

禁じられているのは「迷惑になる騒音」であって、特定の設備の使用ではありません。トイレを流す音が数秒するだけで、静穏時間の違反になるわけではないのです。

反対に、昼間なら何をしてもよいわけでもありません。チューリヒ市の規則は、建物の中の活動でも時間に関係なく、他人を著しく悩ませてはならないと定めています。

街ごとに違う静穏時間

静穏時間を決めるのが自治体である以上、時間帯は住む場所で変わります。主な都市を並べると、違いがよくわかります。

スイスの主な都市の夜間静穏時間(各市・州の公開情報から作成)
地域夜の静穏時間ほかの決まり
チューリヒ市22時〜7時(夏時間の金・土は23時〜7時)平日12〜13時と20時以降は休息に配慮。日曜・祝日も同様
ベルン市23時から(旧市街の中心部は金・土が24時から)工具などの騒がしい作業は12〜13時が休み、夜は20時から禁止
ジュネーブ州21時〜7時日曜・祝日にも適用。大家はさらに厳しい時間を定められる

ジュネーブ州の規則は、夜間に避けるべき音として叫び声、呼び鈴、ドアを乱暴に閉める音、日曜大工や掃除の音などを挙げています。どれも「避けられる音」で、トイレのような生活に欠かせない音は例に入っていません。

「スイスは夜10時から静かに」という言い方はおおむね当たっていますが、ベルンのように11時からの街も、ジュネーブのように9時からの地域もあります。

賃貸住宅の「ハウスオルドヌング」

もう一つ実在するのが、ハウスオルドヌング(Hausordnung)と呼ばれる建物ごとの生活規則です。大家が定め、賃貸契約で取り決められていれば入居者はそれに従います。

夜間の洗濯機・乾燥機・食器洗い機の使用を制限する条項は珍しくありません。ポリティファクトも、こうした音の大きい家電の制限はあり得るが、トイレの制限は「かなり極端」だとしています。

ハウスオルドヌングにも限度があります。スイス賃借人協会は、規則は合理的で釣り合いのとれたものでなければならず、入居者の私生活を制限しすぎる規則は認められないとしています。

同協会が挙げる例がわかりやすいです。夜10時を過ぎても、短いシャワーなら規則で禁じられていても浴びてかまいません。一方、夜中に浴槽へお湯をためるのは音がずっと大きく、たいていは許容範囲を超えるとしています。

同協会は、よくある近所のもめごとの例も挙げています。ピアノは「日曜は朝10時より前は弾かない」のように時間を取り決めて使い、ベランダのバーベキューは週1回までと取り決める例があります。子どもの声や足音は、原則として受け入れるべきものとされています。

トイレ禁止が成り立たない理由

スイス賃借人協会のファビアン・グロール氏は、夜間のトイレの水洗を一律に禁止することは入居者の人格権を侵害しすぎる、と述べています。トイレは、夜中でも使わざるを得ない設備です。

弁護士のトーマス・オーバーレ氏も、2013年にザ・ローカルの取材に対し、そうした禁止の実行は事実上不可能だと指摘しています。隣人のトイレやシャワーの音で目が覚めたからといって、警察を呼べるわけでもありません。

仮にハウスオルドヌングに「夜のトイレ禁止」と書いてあっても、合理的でない条項として効力を持たない可能性が高い、というのが専門家の見方です。

騒音で困ったときの順番

スイスで部屋を借りて、逆に隣の音に悩まされることもあります。スイス賃借人協会は、次の順番で対応するよう勧めています。

まず、落ち着いたタイミングで相手と直接話します。改善しなければ、迷惑を受けた日時と内容を書き留めておきます。そのうえで大家に書面で伝え、騒音を住まいの欠陥として対処を求めます。

それでも解決しない場合は、家賃の減額を求めることができます。大家が動かなければ、調停機関に申し立てます。迷惑をかけ続ける入居者に対しては、大家が契約を解除することもあります。

いきなり警察を呼ぶのではなく、話し合いと記録、大家への連絡という段階を踏むのが基本です。

よくある疑問

スイスでは夜10時以降にトイレを流すと罰金ですか?
罰金はありません。夜のトイレを禁じる法律はスイスに存在せず、ポリティファクトも2023年に「誤り」と判定しています。
スイスの夜の静穏時間は何時からですか?
自治体ごとに違います。チューリヒ市は原則22時から7時、ベルン市は23時から、ジュネーブ州は21時から7時です。住む場所の市町村の規則と、建物のハウスオルドヌングを確認してください。
夜にシャワーを浴びてもいいですか?
短いシャワーなら問題ないとスイス賃借人協会は説明しています。ただし夜中に浴槽へお湯をためるのは音が大きく、たいていは許容範囲を超えるとされます。洗濯機や食器洗い機は、夜間の使用を規則で制限している建物が少なくありません。

まとめ

「スイスは夜10時以降トイレを流せない」は、法律の裏づけがない都市伝説です。実在するのは、自治体ごとに時間帯が違う静穏時間と、建物ごとのハウスオルドヌングです。

ハウスオルドヌングも合理的な範囲でしか効力がなく、夜のトイレを一律に禁じる規則は入居者の権利を侵しすぎると考えられています。スイスで長く部屋を借りるなら、契約書に添えられたハウスオルドヌングを最初に読んでください。旅行者が夜のトイレをがまんする必要はありません。

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