タージ・マハルはお墓だった?王が愛した妃への贈り物
真っ白に輝くインドのタージ・マハルは、宮殿だと思われがちです。実際は、ムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが亡き王妃のために建てた霊廟、つまりお墓です。
工事には2万人を超える職人が関わり、本体が仕上がるまでに16年かかりました。四隅の塔がわずかに傾いていることまでは、意外と知られていません。
宮殿ではなく霊廟
タージ・マハルが立つのは、インド北部の街アグラ、ヤムナー川のほとりです。建てたのは1628年に即位したムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンです。
その名は「世界の王」を意味します。人が暮らす宮殿ではなく、亡くなった王妃をまつるための建物でした。
中央の部屋に置かれた石棺は参拝用の飾りで、本当の墓室はその真下の地下にあります。1983年にはユネスコの世界遺産に登録されました。
1631年、王妃の死から始まった
王妃ムムターズ・マハルが亡くなったのは1631年、14人目の子どもを産んだ直後でした。本名はアルジュマンド・バーヌー・ベーグム。
皇帝は彼女を「宮廷の選ばれし者」と呼び、遠征にも連れて歩いたほどでした。深く悲しんだ皇帝は、翌1632年ごろから彼女のための霊廟づくりに取りかかります。
2万人と1000頭の象
職人はインド各地だけでなく、ペルシャやトルコからも集められました。石工、彫刻師、文字を刻む書家などを合わせて2万人を超えたと伝えられます。
石材の運搬には約1000頭の象が使われました。本体が完成したのは1648年ごろで、着工から16年。
庭園や周囲の建物まで含めた全体が整うのは、さらに数年あとです。白い大理石の表面には、翡翠やラピスラズリ、トルコ石、水晶、アメジストといった色石が花模様にはめ込まれ、コーランの一節が書で刻まれています。
石を彫って別の石をはめ込むこの技法は、屋外で400年近く色を保ってきました。
四本の塔が外へ傾いている理由
タージ・マハルは、左右対称を徹底した設計でも知られます。中央のドームは高さ約73メートル。
周りを4つの小さなドームが囲み、四隅には塔(ミナレット)が立ちます。この4本の塔は、まっすぐに見えて実はわずかに外側へ傾いています。
万一倒れたとき、中央の霊廟の上に崩れ落ちないための備えだと説明されています。建物の前には水路で四つに区切られた庭園が広がり、細長い池が白い姿を映します。
「職人の手を切り落とした」は俗説
同じものを二度と造らせないため、皇帝が職人たちの手を切り落とした。よく語られる話ですが、これは俗説です。
ムガル宮廷が残した年代記にも、当時アグラを訪れたヨーロッパ人の旅行記にも、そうした記述は見当たりません。インドの歴史家やインド考古局も、裏づけとなる史料はないという立場をとっています。
物語としては強烈でも、事実として扱える根拠はありません。
シャー・ジャハーン自身の晩年は、静かではありませんでした。1658年に息子アウラングゼーブへ帝位を奪われ、アグラ城に幽閉されます。
1666年に亡くなると、遺体は妻の隣、タージ・マハルの地下へ葬られました。次に写真を見るときは、白い外観より先に四隅の塔を見てください。わずかな傾きが見つかります。
参考にした資料