科学

電子レンジの誕生は、溶けたチョコがきっかけだった?

2026年7月公開 · 2026年9月更新 · 読了7分
電子レンジの誕生は、溶けたチョコがきっかけだった?

電子レンジは、レーダーの研究から生まれた道具です。1945年、アメリカの技術者パーシー・スペンサーが、レーダー用の電波を出す装置のそばでポケットの菓子が溶けているのに気づきました。

ただし、その菓子がチョコだったかどうかは、資料によって食い違います。この記事では、発明のいきさつと、電波で食べ物が温まる仕組み、よく語られる誤解、そして溶けた菓子が台所の家電になるまでの22年を順にたどります。

溶けたのはチョコだったのか

スペンサーが勤めていたのは、アメリカのレイセオン社です。当時の同社は、レーダー用のマグネトロンという電波発生装置を大量生産していました。その装置のそばに立っていたとき、ポケットの中の菓子が溶けたのです。

広く語られているのは「チョコレートの菓子が溶けた」という話です。ところがスペンサーの孫は、溶けたのはチョコではなく、ピーナッツを固めた菓子だったと語っています。祖父がリスに分けてやるため毎日持ち歩いていたから、という理由です。どちらが本当かを決める記録は残っていません。

年にも食い違いがあります。米国電気電子学会(IEEE)の雑誌の記事は「1946年にポケットのチョコが溶けた」と書いていますが、後で見る特許の出願は1945年10月です。気づいたのは、少なくとも出願より前だったことになります。菓子の種類も年も、細部は俗説の域を出ないと考えるのが正確です。

ポップコーンと卵で確かめた

スペンサーは気づきで終わらせませんでした。装置のそばにトウモロコシの粒を置くと、粒がはじけてポップコーンになります。

次に卵を試すと、内側から膨らんで殻が割れました。火であぶったのではなく、卵そのものが発熱した証拠です。殻の中で水分が急に蒸気になり、逃げ場がなくなって破裂したわけです。

レイセオン社は1945年10月8日、「食品の処理方法」と題した特許を出願します。発明者はパーシー・L・スペンサー、登録は1950年1月24日。これが電子レンジの土台になった特許です。

電波が食べ物そのものを発熱させる

仕組みは誘電加熱と呼ばれます。マイクロ波の電場は、1秒間に何十億回も向きを変えます。

水のように電気的な偏りを持つ分子は、その向きに合わせて回ろうとして揺さぶられます。回された分子どうしがぶつかり、その乱れた動きが熱になる。これが電子レンジの庫内で起きていることです。

コンロやオーブンのように熱い空気や鍋から熱を伝えるのではなく、食品に含まれる水などが自分で発熱します。温まりが速いのはこのためです。一方で、ガラスや陶器、紙は電波を素通りさせるので、器はあまり熱くなりません。アメリカ食品医薬品局(FDA)も、これらの素材が電子レンジで使えるのは電波が通り抜けるからだと説明しています。

「内側から温める」は誤解

電子レンジは食べ物を中心から温める、という説明をよく見かけます。これは正確ではありません。

ノースカロライナ州立大学の食品安全の解説によれば、マイクロ波が食品に入りこめるのは表面から2〜4センチほどです。厚みのある食品では、電波が届くのは外側の層だけで、中心は外側から伝わる熱で温まります。大きなかたまりの料理ほど中心が冷たいまま残りやすいのは、この深さの限界が一因です。

同じ解説は、温め終わったあとの「置き時間」を省かないよう勧めています。しばらく置くと熱が中心へ伝わり、全体の温度がならされます。温まり方にムラがあると、冷えた部分で細菌が生き残るおそれがあるからです。

「水の共振周波数」という誤解

家庭用の電子レンジは2.45ギガヘルツ前後の電波を使います。これを「水分子の共振周波数に合わせてある」と説明されることがありますが、この説明は誤りです。

ウェストテキサスA&M大学の解説によれば、水の最初の共振ピークは1テラヘルツより高い領域にあり、2.45ギガヘルツとは桁が違います。この周波数が選ばれたのは物理的な必然ではなく、電子レンジに使ってよい帯域として規則で割り当てられたからです。

むしろ共振周波数だったら困ります。電波が表面で吸い尽くされ、中心まで熱が届かなくなるからです。

氷はほとんど温まらない

同じ水でも、凍っていると話が変わります。氷の中の水分子は結晶の中で固定されていて、電波に合わせて回ることがほとんどできません。

ニチレイの実験では、水と氷を同じように電子レンジにかけると、水は約20度から80度近くまで上がったのに、氷はほとんど変わりませんでした。同社は、水は氷の約8000倍も加熱されやすいと説明しています。

冷凍食品を解凍すると端だけ煮えてしまうのも、このためです。先にとけて水になった部分に電波が集中し、その部分ばかりが熱くなります。

台所に届くまで22年

1947年、レイセオン社は業務用の第一号機「レーダーレンジ」を発売します。高さ約1.8メートル、重さ約340キロで、マグネトロンを水で冷やす必要がありました。価格は約5,000ドル。家庭に置ける代物ではありません。

転機は1967年です。レイセオン傘下のアマナが、110ボルト電源で動くカウンター型を495ドルで発売しました。ここでようやく、電子レンジは台所の家電になりました。

電子レンジが家庭に届くまでの年表(IEEE Spectrum、シャープ社史、米国特許をもとに作成)
年できごと
1945年レイセオン社が「食品の処理方法」の特許を出願(発明者スペンサー)
1947年業務用「レーダーレンジ」発売。重さ約340キロ、約5,000ドル
1950年スペンサーの特許が登録される
1955年レイセオンが家庭向けの壁埋め込み型(220ボルト)を1,295ドルで発売。ほとんど売れず
1962年シャープが国産第1号の電子レンジ「R-10」を量産(開発は1961年)
1966年シャープが国産初のターンテーブル式家庭用「R-600」を発売
1967年アマナがカウンター型を495ドルで発売。家庭への普及が始まる
1976年日本の家庭の17%が所有。アメリカは4%

年表の最後の行は意外に見えるかもしれません。IEEEの記事によると、1976年の時点では日本の家庭のほうがアメリカより4倍以上も電子レンジを持っていました。アメリカでの年間販売台数は、1975年までに4万台から100万台へ増えています。

よくある疑問

アルミホイルや金属の器を入れてはいけないのはなぜですか?
金属は電波をはね返すからです。FDAは、金属の器やアルミホイルを使うと電波が反射して食品の温まり方にムラが出るうえ、電子レンジ本体を傷めるおそれもあると説明しています。器は取扱説明書で使えると書かれたものを選びます。
電子レンジで温めた食品は体に悪くなりませんか?
電波を当てても食品が放射能を帯びることはない、とFDAは明言しています。水を足さずに短い時間で加熱できるので、ビタミンやミネラルがかえって残りやすい場合もあるとしています。日本では、扉を閉めた状態で本体表面から5センチの位置の電波の漏れを1平方センチあたり1ミリワット以下に抑える基準があります。
水だけを温めると危ないと聞きました。本当ですか?
本当です。きれいなカップの水だけを温めると、沸点を超えても泡が立たない「過熱」の状態になることがあります。FDAはこの状態の水が、動かした瞬間に吹きこぼれる危険を指摘し、インスタントコーヒーや砂糖などを先に入れてから温めるよう勧めています。

まとめ

電子レンジは、1945年にスペンサーがマグネトロンのそばで菓子が溶けたことに気づいたところから始まりました。電波は食品の水分子を揺さぶって食品そのものを発熱させますが、届くのは表面から2〜4センチほどで、中心は伝わる熱で温まります。2.45ギガヘルツは水の共振とは無関係で、規則で割り当てられた周波数です。次に厚みのある料理を温めるときは、温め終わってすぐ取り出さず、少し置いてから食べてみてください。

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