豚に「ナポレオン」は違法?フランスの噂を検証した
「フランスでは豚にナポレオンと名づけてはいけない」という話は、世界中で奇妙な法律の代表例として紹介されてきました。ただし、その法律は見つかっていません。
フランスの歴史家ソフィー・ミュファ氏は、根拠として名前の挙がる時代の法令を調べたうえで「そんな法律は存在しない」と述べています。ここでは、確認できることと、できないことを分けて整理します。
調べても条文が出てこない
この説を検証したのは、フランス在住の英語圏読者向けに報じるThe Local FranceとThe Connexionの2紙です。ミュファ氏はThe Connexionの取材に対し、ナポレオンが皇帝だった第一帝政(1804年から1815年)と、甥のナポレオン3世が統治した第二帝政(1852年から1870年)の法令をすべて洗い直したと語っています。
それでも家畜の名づけを禁じる規定は出てきませんでした。処罰された人の記録も残っていません。
出どころとされるのは一冊の小説
もっとも有力とされているのは、ジョージ・オーウェルの小説『動物農場』です。1945年に発表されたこの作品には、ナポレオンという名の豚が登場します。
1947年に出た最初のフランス語版では、この豚の名前が「セザール」に書き換えられていました。のちに1981年のガリマール版で、元のナポレオンに戻されています。
書き換えた理由は法律ではない
名前を変えた理由は、はっきりしていません。ミュファ氏は、当時のフランスでナポレオンがまだ人気の高い存在だったことが背景にあるのではないかと推測しています。
つまり法律に止められたのではなく、出版社が読者の感情に配慮した可能性が高いということです。オーウェルや出版社がフランスで法的な問題に直面した記録は残っていません。
それでも「豚とナポレオン」と「フランス」が並んだ事実だけが残り、法律の話へと形を変えていったとみられます。
まぎらわしい本物の法律
この俗説がもっともらしく響くのは、似た法律が実在したからです。1881年に定められた規定により、フランスでは現職の大統領を侮辱すると禁錮または罰金の対象になりました。
シャルル・ド・ゴール大統領の時代には6人が有罪になっています。最後に適用されたのは2008年で、抗議行動をした男性に30ユーロの罰金が科されました。
2013年、欧州人権裁判所がこの有罪判決を表現の自由の侵害と判断し、規定は同じ年に廃止されています。ただし守られていたのは現職の大統領であって、過去の皇帝でも家畜の名前でもありません。
「変な法律」を確かめる手がかり
「あの国にはこんな法律がある」という話は、短くて面白いほど速く広まります。本物かどうかを見分ける手がかりは2つです。
条文の番号を示せるか。そして実際に適用された事件があるか。
豚とナポレオンの話は、そのどちらも見つかっていません。
面白い話ほど、たどると別のものに行き着きます。この話の実体は法律ではなく、1947年に一冊の小説の中で豚の名前が書き換えられた、という出版の記録でした。
参考にした資料