豚に「ナポレオン」は違法?フランスの噂を検証した
「フランスでは豚にナポレオンと名づけてはいけない」という話は、世界中で奇妙な法律の代表例として紹介されてきました。ただし、その法律は見つかっていません。
フランスの歴史家ソフィー・ミュファ氏は、根拠として名前の挙がる時代の法令を調べたうえで「そんな法律は存在しない」と述べています。ここでは、確認できることとできないことを分け、この話の出どころと、よく混同される本物の決まりまで整理します。
調べても条文が出てこない
この説を検証したのは、フランス在住の英語圏読者向けに報じるThe Local FranceとThe Connexionの2紙です。ミュファ氏は総裁政府(1795〜1799年)から第一帝政までを専門とする海事史の研究者です。The Connexionの取材に対し、ナポレオンが皇帝だった第一帝政(1804年から1815年)と、甥のナポレオン3世が統治した第二帝政(1852年から1870年)の法令をすべて洗い直したと語っています。
それでも家畜の名づけを禁じる規定は出てきませんでした。The Local Franceも、そう読める法律も、豚をナポレオンと名づけて罰せられた人の記録も見つからないと結論づけています。
法律が「ない」ことを証明するのは難しい作業です。それでも、名前の挙がる2つの時代の法令を専門家が一通り調べて何も出てこなかった以上、この話を事実として紹介する根拠はありません。
出どころとされるのは一冊の小説
もっとも有力とされているのは、ジョージ・オーウェルの小説『動物農場』です。1945年に発表されたこの作品には、ナポレオンという名の豚が登場します。
1947年にパテ社から出た最初のフランス語版では、この豚の名前が「セザール」に書き換えられていました。のちに1981年のガリマール版で、元のナポレオンに戻されています。
豚にナポレオンという名前がつき、しかもフランスではその名前が使われなかった。この2つが合わさると、「フランスでは豚をナポレオンと呼べない」という話ができあがるのは自然な流れです。
書き換えた理由は法律ではない
名前を変えた理由は、はっきりしていません。ミュファ氏は、当時のフランスでナポレオンがまだ人気の高い存在だったことが背景にあるのではないかと推測しています。
つまり法律に止められたのではなく、出版社が読者の感情に配慮した可能性が高いということです。オーウェルや出版社がフランスで法的な問題に直面した記録は残っていません。1981年版で名前がナポレオンに戻ったときも、問題になった記録はありません。
それでも「豚とナポレオン」と「フランス」が並んだ事実だけが残り、法律の話へと形を変えていったとみられます。
まぎらわしい本物の法律
この俗説がもっともらしく響くのは、似た法律が実在したからです。1881年の報道の自由に関する法律の第26条により、フランスでは現職の大統領を侮辱すると禁錮または罰金の対象になりました。
フランスの公共放送フランスアンフォによると、この罪はシャルル・ド・ゴール大統領の時代に6回適用されています。フランス国立視聴覚研究所(INA)によれば、1974年以降は起訴が途絶えていました。
それが2008年に一度だけ復活します。サルコジ大統領が西部の町ラヴァルを訪れた際、大統領を罵倒する言葉を書いた紙を掲げた男性が訴えられ、執行猶予付きで30ユーロの罰金を科されました。2013年3月、欧州人権裁判所がこの有罪判決を表現の自由の侵害と判断し、規定は同じ年の夏に議会の全会一致で廃止されています。
ただし守られていたのは現職の大統領であって、過去の皇帝でも家畜の名前でもありません。
名前をめぐる本物の決まり
フランスには、名前のつけ方を実際に縛った決まりもあります。ひとつは子どもの名前です。ナポレオンが統領として国を率いていた1803年の法律は、子どもにつけられる名前を暦に載っている名前と古代史の有名人の名前に限りました。フランスの公共情報図書館(Bpi)の回答サービスによると、親が自由に名前を選べるようになったのは1993年1月8日からです。
もうひとつは犬の名前です。フランスの血統登録簿(LOF)に登録する子犬は、その年に割り当てられた文字で始まる28文字以内の名前をつける決まりがあります。仕組みを管理するフランス畜犬協会(セントラル・カニン)によると、この方式は1926年に始まり、1970年代からはK、Q、W、X、Y、Zの6文字を除いた20文字で回しています。2026年は「B」の年です。
LOFは1885年に作られた、フランスで唯一の公認の血統登録簿です。同協会の発表では、「U」の年だった2023年に最も多くつけられた名前は、オスがユリス(5,284頭)、メスがユナ(2,944頭)でした。毎年、飼い主はその年の文字で始まる名前を探すことになります。ここまで細かく名前を決められているのは、家畜ではなく血統犬のほうです。
| 話 | 実在したか | 中身 |
|---|---|---|
| 豚にナポレオンと名づけてはいけない | 見つかっていない | 第一帝政・第二帝政の法令に規定なし。処罰の記録もない |
| 大統領を侮辱してはいけない | 実在(1881〜2013年) | ド・ゴール時代に6回適用。最後は2008年の30ユーロ(執行猶予付き) |
| 子どもの名前は暦と古代史から | 実在(1803〜1993年) | ナポレオンが統領だった時代の法律。1993年から親が自由に選べる |
| 血統犬の名前はその年の文字で始める | 実在(1926年〜) | 法律ではなく登録の決まり。28文字以内、2026年は「B」 |
並べると、名前を縛る決まりは実在したものの、対象は人の子どもと血統犬でした。豚とナポレオンの組み合わせだけが、どこにも見当たりません。
「変な法律」を確かめる手がかり
「あの国にはこんな法律がある」という話は、短くて面白いほど速く広まります。本物かどうかを見分ける手がかりは2つです。
条文の番号を示せるか。そして実際に適用された事件があるか。大統領侮辱罪は「1881年法の第26条」と「2008年の30ユーロ」という形で、どちらも示せます。
豚とナポレオンの話は、そのどちらも見つかっていません。
もうひとつ、話の出どころがまとめ記事どうしの引用だけになっていないかも確かめどころです。この話を検証した2紙も、法律の条文ではなく歴史家への取材と出版の記録をたどって結論を出しています。現地の報道や公的機関、専門家にたどり着けない話は、面白くても「未確認」として扱うのが安全です。
よくある疑問
- フランスで豚にナポレオンと名づけたら罰せられますか?
- 罰せられるという根拠は見つかっていません。第一帝政と第二帝政の法令を調べた歴史家は、そうした法律は存在しないと述べています。実際に処罰された人の記録もありません。
- 『動物農場』の豚は、なぜフランス語版で名前が変わったのですか?
- はっきりした理由は記録に残っていません。1947年当時のフランスでナポレオンの人気が高かったため、出版社が配慮したという見方が有力です。1981年のガリマール版では元のナポレオンに戻っています。
- フランスでは今でも子どもの名前に制限がありますか?
- 1993年1月8日からは、親が子どもの名前を自由に選べます。それまでは1803年の法律により、暦に載っている名前や古代史の人物の名前が原則でした。
まとめ
「豚にナポレオンと名づけるのは違法」という法律は見つかっておらず、出どころは1947年のフランス語版『動物農場』で豚の名前がセザールに変えられたことだとみられています。一方で、大統領侮辱罪や子どもの名前の制限、血統犬の名前の頭文字など、名前にまつわる本物の決まりは実在しました。次に「変な法律」の話を見かけたら、条文の番号と適用された事件の2つがそろっているかを確かめてみてください。
参考にした資料
- The Local France — French history myths: It is illegal to name a pig Napoleon
- The Connexion — Urban myth or true: Is it illegal to call a pig Napoleon in France?
- franceinfo — Le délit d'offense au chef de l'État supprimé
- フランス国立視聴覚研究所(INA) — 2008, le retour du délit d'offense au chef de l'État
- Eurêkoi(フランス公共情報図書館 Bpi) — Quelle est l'origine de la liste de prénoms approuvés par l'État français ?
- Société Centrale Canine — Top 20 des chiens préférés des Français(プレスリリース・名前の文字の規則)
- Société Centrale Canine — Noms de chiens : 2026, l'année des B