夏に溶けるゴムが、ストーブの偶然で生まれ変わった?
むかしのゴムは、夏になると溶けてべたつき、冬になると硬くひび割れる素材でした。それを変えたのが、1839年にアメリカで起きた出来事です。
チャールズ・グッドイヤーが、ゴムと硫黄を混ぜたものを熱いストーブの上に落としてしまいます。焦げるはずのゴムは、弾力を保ったまま固まっていました。
溶けるゴム、割れるゴム
ゴムはゴムノキの樹液から作られます。水を通さず伸び縮みするので、19世紀前半のアメリカでは防水の靴やコートが売り出されました。
ところが売れたのは最初だけです。夏の暑さで表面が溶けてべたつき、冬の寒さで硬くなって割れてしまいました。
商品にするには不安定すぎたのです。金物商として破産していたグッドイヤーは、この弱点をなくす方法を探しはじめます。
硫黄を先に使った人がいた
硫黄を使う発想は、グッドイヤーが一から思いついたものではありません。同じアメリカのナサニエル・ヘイワードが、ゴムに硫黄を加えるとべたつきが減ることを見つけていました。
グッドイヤーは1838年、その権利を3,000ドルで買い取ります。ただし、ゴムと硫黄を混ぜるだけでは、夏に溶けて冬に割れる弱点は消えませんでした。足りない条件がもう一つありました。
ストーブの上で起きたこと
1839年、マサチューセッツ州ウォーバーンで、グッドイヤーはゴムと硫黄の混合物を熱いストーブの上に落とします。溶けて流れるはずのゴムは、革のような手ざわりで弾力を保ったまま固まっていました。足りなかった条件は「熱」だったのです。
ただし、その日に完成したわけではありません。どのくらいの温度でどれだけ加熱すればよいかを詰めるのに、さらに数年かかりました。
アメリカで特許を出願したのは1844年1月30日、特許が成立したのは同年6月15日です。
硫黄は何をしているのか
生のゴムの中では、長い分子の鎖がただ絡まり合っているだけです。引っ張ると鎖どうしが滑ってずれるため、いったん伸びると形が戻りません。
熱が加わればなおさら滑りやすくなり、夏に溶けたのはこのためです。ここに硫黄を加えて熱すると、硫黄の原子が鎖と鎖のあいだに橋を架けます。
これを架橋と呼びます。橋でつながれた鎖は、伸びても元の位置に引き戻されます。
これが「引っ張っても戻る」弾力の正体です。橋のかけ方でも性質は変わり、硫黄の橋が短いほど熱に強く、長いほど柔らかい代わりに熱に弱くなります。
本人は「偶然」を認めなかった
ストーブの逸話は広く知られていますが、グッドイヤー自身は違う説明をしています。1853年から刊行した自著の中で、この発見は偶然ではなく、観察と粘り強い試行の結果だと主張しました。
どちらが正しいかを決められる記録はありません。確かなのは、彼が何年もゴムと薬品を混ぜ続けていたからこそ、ストーブの上の小さな変化を見逃さなかったという点です。
発明者に残らなかった富
特許を取ってからも苦労は続きました。イギリスではトーマス・ハンコックが1843年11月21日に同じ加硫の特許を出願しており、グッドイヤーがアメリカで出願する約2か月前のことでした。
グッドイヤーは各国で特許侵害の裁判を戦い続け、1860年に約20万ドルの借金を残して亡くなります。加硫を意味する英語バルカナイゼーションは、ローマ神話の火の神ウルカヌスにちなむ名で、ハンコックの友人ウィリアム・ブロッケドンが提案したものです。
真夏のアスファルトの上でも靴底やタイヤが形を保つのは、1839年に見つかった硫黄の橋のおかげです。1898年に創業したグッドイヤー社の社名も彼への敬意から付けられたもので、血縁関係はありません。
発明者が受け取れなかった評価は、素材の側に残りました。
参考にした資料