一定量を超えるじゃがいもは運べない、オーストラリアの珍ルール
じゃがいもを50キロ以上やりとりすると罰金。オーストラリアの西オーストラリア州には、2016年までそんな法律がありました。
名前は「じゃがいも販売法(Marketing of Potatoes Act 1946)」。戦後の食料事情から生まれた決まりが、70年も生き延びたのです。
50キロを超えると罰金
この法律の第22条は、生食用のじゃがいもを売ること、引き渡すことを禁じていました。例外は、相手が州の「じゃがいも販売公社」か、公社が認めた代理人である場合だけです。
買う側も同じで、生産者から直接買うことはできませんでした。取り締まりの目安になった重さが50キロです。
罰金は初犯で最大2000豪ドル、二度目からは最大5000豪ドル。さらに、じゃがいもの価値の最大2倍が上乗せされることもありました。
「運べない」は少し不正確
条文が禁じたのは運ぶことではなく、公社を通さない売買と引き渡しです。ただし、50キロを超えるじゃがいもを積んだ車の運転手は、その荷物を管理している人とみなす、という規定がありました。
この規定があるため、大量に積んで走ると取り締まりの対象になりました。「50キロ以上持っているだけで違法」と紹介されることがありますが、法律の狙いはあくまで取引の管理です。
対象もオーストラリア全土ではなく、西オーストラリア州だけでした。
戦後の食料事情から生まれた
法律ができたのは1946年、第二次世界大戦が終わった直後です。目的は、生食用じゃがいもの販売を管理し、生産そのものを制御すること。
生産者は登録が必要で、じゃがいもを植える土地も許可制でした。狙いは、一年中、安定した量と価格で州民に届けること。
作りすぎて値崩れすれば、翌年に作り手がいなくなる。その心配を法律で抑え込んだわけです。
品種も作付けも公社が決めた
実務を担ったのが、同じ1946年に作られたじゃがいも販売公社です。誰が作ってよいか、どの品種を、どれだけ育てるか、いくらで売るか。
公社がまとめて決めていました。登録された生産者には、一年を通じて家庭向けの市場へ出荷する義務もありました。
売り先の窓口を一つに絞るこのやり方は、70年にわたって続きます。
2016年に終わった
終わりのきっかけは、競争を妨げているという批判でした。国の競争政策の見直しでも規制の例として取り上げられ、制度に反対する大手生産者の運動も広く報じられます。
州は2016年7月に市場を自由化し、公社は同年12月31日に廃止されました。生産者には1400万豪ドルの移行支援。
法律そのものが条文ごと消えたのは、2021年5月22日です。いまの西オーストラリア州では、じゃがいもを何キロ買っても売っても自由です。
変わった法律に見えても、たいていは当時の事情が形になったものです。旅先やSNSで「珍しいルール」を見かけたら、いつできて、いつ終わったのかまで確かめてみてください。ただの笑い話が、その土地の歴史に変わります。
参考にした資料