雑学

コロッセオに開閉式の日よけがあったって本当?Ÿ

2026年7月 · 読了3分
コロッセオに開閉式の日よけがあったって本当?Ÿ

コロッセオの上には、布でできた開閉式の日よけがありました。ウェラリウムと呼ばれ、最上部に立てた木の柱と綱で広げる仕組みです。

柱を受けた石は今も残っていて、その装置があったこと自体は確かです。ただし、どんな形に張られていたかは推定にとどまります。

5万人が座った石の器

コロッセオは70年ごろにウェスパシアヌス帝のもとで着工し、80年にティトゥス帝の代で完成しました。長さ約188メートル、幅約156メートル、外壁の高さは約48メートルです。

4世紀の記録には8万7000人という数字も残りますが、現代の研究では収容人数はおよそ5万人と見られています。催しは朝の猛獣狩りから午後の剣闘士戦まで一日がかりで、観客は長い時間そこに座り続けました。

真夏のローマで、それを日なたのままやるのは無理があります。

屋根ではなく、布と綱

石の屋根で188メートルをまたぐことは、当時の技術ではできません。ローマ最大のドームであるパンテオンでさえ、直径は43.3メートルです。

そこで選ばれたのが、軽い布を綱で吊る方法でした。最上段の外周には、柱を差し込むための受け石が240個並んでいます。

ここに木の柱を立て、内側へ張った綱にそって麻や帆布を引き出しました。中央は開けたままにしてあり、日かげをつくると同時に、空気の流れも生まれたと考えられています。

動かしたのは船乗り

帆と綱をこれだけの規模で扱う技術は、当時いちばん進んでいたのが船の世界でした。そこで、ナポリに近い軍港ミセヌムを母港とする艦隊の水兵が、この装置の担当にあてられます。

『ヒストリア・アウグスタ』のコンモドゥス伝には、円形闘技場で天幕を張る水兵たちがはっきり登場します。ただし「千人がかりだった」という人数は後世の見積もりで、古代の記録に書かれた数字ではありません。

日よけはコロッセオの発明ではない

布の日よけそのものは、コロッセオより100年以上前からありました。大プリニウスの『博物誌』第19巻によれば、劇場に初めて日よけを張ったのは、カピトリウムの神殿を奉献したクィントゥス・カトゥルスです。

その後、レントゥルス・スピンテルが亜麻布の日よけを使い、独裁官カエサルはフォルム・ロマヌム全体を布で覆いました。プリニウスは、見物人が剣闘士の試合よりその布に驚いた、と書いています。

開け閉めできた証拠

スエトニウスの『カリグラ伝』には、見世物の最中にいちばん暑い時間を選んで日よけを引き戻させ、誰も外へ出るなと命じた、という話が残っています。カリグラの在位は37年から41年で、コロッセオの完成より前のことです。

意地の悪い逸話ですが、布を出したり戻したりできたことをそのまま裏づけています。一方で、どこまで覆えたのかは資料によって食い違い、三分の一という説明も三分の二という説明もあって、決着していません。

確かなのは、240個の受け石が今も並んでいることと、日よけを扱った水兵が古代の文献に出てくることです。次にコロッセオの写真を見るときは、いちばん上の縁を目でたどってみてください。

等間隔に並ぶ四角い穴が、日よけの柱を受けた跡です。

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