馬車とちょうちんが彩るスペインの春祭りとは
スペイン南部の町セビリアで毎年春に開かれる「フェリア・デ・アブリル」は、日本語で四月祭とも呼ばれます。日中は着飾った人々が馬や馬車で会場を進み、夜になると数千個の提灯が通りを照らします。
ただし始まりは、牛や馬を売り買いするための家畜市でした。踊りと音楽の祭りに変わったのは、その後のことです。
始まりは家畜の市
言い出したのは、セビリア市議会の議員だったホセ・マリア・イバラとナルシソ・ボナプラータの2人です。1846年に家畜の取引を盛んにする市を開こうと提案し、女王イサベル2世が認めました。
第1回は1847年4月18日、プラド・デ・サン・セバスティアンという広場で開かれ、テント(カセータ)はわずか19軒でした。ところが初回から人々が歌い踊り、翌年には「セビリアっ子が歌って踊るので商売にならない」と苦情が出たほどです。
1859年には、市場よりも祭りに使う区画のほうが広くなりました。
提灯は1877年から
提灯(ファロリージョ)が初めて登場したのは1877年です。紙を折って作った球形のかさで街灯を覆ったのが最初で、いまは会場全体で数千個の電球がこの紙のかさに包まれています。
入口には「ポルターダ」と呼ばれる巨大な門が毎年新しく建てられます。最初の門は1896年に登場し、大がかりな門を毎年新しく作る今の形は1949年に定まりました。
開幕の夜に門の明かりが一斉にともる瞬間は「アルンブラオ」と呼ばれ、祭りが始まる合図になっています。
カセータのほとんどは招待制
会場は1973年から、ロス・レメディオス地区の「レアル・デ・ラ・フェリア」に移りました。広さは約45万平方メートルです。
ここに約1,040軒のカセータが並びますが、誰でも自由に入れる公営のカセータは16軒ほどしかありません。残りは家族、友人の集まり、同業者の組合、政党などが持つ私設で、入るには関係者の招待が必要です。
「にぎやかなのに中に入れない」と旅行者が戸惑うのは、この仕組みのためです。
馬車が通るのは昼だけ
馬と馬車が会場を練り歩くことを「パセオ・デ・カバジョス」と呼びます。時間は正午から午後8時までと決まっていて、通れるのは会場の東側に限られます。
日が暮れると馬車は引き上げ、提灯の下で踊る時間に変わります。馬車と提灯は、同じ会場の昼と夜を分け合っているわけです。
女性が着るフリルの多い衣装はトラヘ・デ・フラメンカと呼ばれ、1929年にセビリアで開かれた博覧会をきっかけに定着しました。
開催は復活祭のあと
日程は毎年動きます。復活祭(イースター)の日付に合わせて決まり、そこから約1週間続くためです。
2026年は4月21日から26日までと発表されています。会場の一角には「カジェ・デル・インフィエルノ(地獄通り)」という移動遊園地があり、100を超える乗り物が並びます。
スペイン最大の仮設遊園地です。会期中に訪れる人は、2026年の市の集計でおよそ240万人でした。
家畜の市から始まった催しが、180年近くかけて馬車と提灯の祭りに変わりました。訪れるなら、馬車が行き交う昼と、提灯がともる夜の両方を歩いてみてください。同じ会場が、まったく別の顔を見せます。
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