雑学

ピラミッドは約3800年間、世界一高い建物だった

2026年7月 · 読了3分
ピラミッドは約3800年間、世界一高い建物だった

ギザの大ピラミッドは、完成したときの高さが146.6メートルありました。これを超える建物が現れたのは1311年です。

つまり約3800年ものあいだ、人が造ったもので世界一高い建造物であり続けました。エジプト政府の観光考古省も、この3800年という記録を公式に紹介しています。

完成時146.6メートル、今は138.5メートル

建てさせたのはクフ王で、紀元前2589年から2566年ごろの王です。底辺は一辺230メートルほどの正方形で、石のブロックは約230万個が使われました。

ところが今のピラミッドを測ると138.5メートルしかありません。表面を覆っていた化粧石が後の時代に剥がされ、8メートルほど低くなったからです。

化粧石にはトゥーラという場所で採れた白い石灰岩が使われていました。完成までにかかった年数は、エジプト政府の説明で10年から20年。

ただし工期を記した当時の記録は見つかっていません。

記録を破ったのはイギリスの大聖堂

1311年に完成したリンカン大聖堂の中央尖塔が、約3800年ぶりに大ピラミッドの高さを追い抜きました。尖塔は約160メートルあったと伝えられます。

ところがこの尖塔は1548年、嵐で倒れてしまいます。世界一の座は、ドイツのシュトラールズントにある聖マリエン教会(151メートル)に移りました。

石を積み上げる建築で160メートルに届いた例は、その後も長く現れていません。ピラミッドの記録がなぜ3800年も破られなかったのか、その理由がここに見えます。高く積むこと自体が、それほど難しいのです。

造ったのは奴隷ではない

奴隷が鞭で打たれながら造った、という話は古代ギリシャの歴史家が書き残した俗説です。ギザでは働いた人たちが暮らした集落が発掘され、40人ずつの組に分かれて作業していたことが分かっています。

1999年の研究では、平均で1万3千人ほど、最も忙しい時期には4万人ほどが動員されたと見積もられました。奴隷の群れではなく、組織立って動く現場だったのです。

石を運んだ日誌が残っていた

2013年、紅海沿岸のワディ・アルジャルフで「メレルの日誌」と呼ばれるパピルスが見つかりました。フランスの調査隊による発見で、クフ王の治世26年に書かれた、文字が残るものとしては世界最古のパピルスです。

メレルという役人の一団は、トゥーラの採石場からギザまで石灰岩を船で運んでいました。10日ごとに2、3往復し、1個2から3トンの石を月に200個ほど届けた計算になります。

日誌には当時のピラミッドの名前「アケト・クフ(クフの地平線)」も記されていました。

積み上げ方はまだ分かっていない

2018年、リヴァプール大学とフランス東洋考古学研究所の調査隊が、ハトヌブの採石場でクフ王の時代の傾斜路を見つけました。中央のスロープの両側に階段があり、杭を立てた穴が並んでいます。

石を載せたそりを綱で杭に結び、両側から引き上げる仕組みです。この方法なら20パーセント以上の急な坂も登れます。

ただし、大ピラミッド本体で同じ仕掛けが使われた証拠はまだありません。運び方の一部は見えてきましたが、146メートルまでどう積み上げたのかは未解決のままです。

ギザを訪れる機会があれば、頂上の近くに目を向けてみてください。ざらついた段々になっている部分が、化粧石を失った跡です。

消えた8メートルを思い浮かべながら見上げると、3800年という記録の長さが少しだけ実感できます。

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