ゴキブリは頭がなくても生きる?驚きの生命力
ゴキブリは頭を切り落とされても、数週間生きることがあります。作り話ではなく、昆虫学者が実験で確かめている話です。
理由は3つあります。血圧が低いので血が噴き出さないこと、呼吸を脳に頼っていないこと、体の動きを担う神経が全身に散らばっていることです。この記事では、この3つの仕組みを順に説明します。あわせて、頭のない体が最後に何で死ぬのか、日本の家に出る4種の違い、「3億年前から姿が変わらない」という通説の誤りまでを取り上げます。
血圧が低いので、失血死しない
人間が首を失えば、血圧の高い血管から血が失われ、酸素と栄養が全身に届かなくなります。昆虫の体はまったく違います。
ゴキブリの血液の流れは「開放血管系」といって、心臓が体液をゆるく押し流しているだけです。人間のような細かい毛細血管の網はなく、血管の中に高い圧力がかかっていません。
米国の科学誌サイエンティフィック・アメリカンの記事で、マサチューセッツ大学アマースト校の生理学者ジョセフ・カンケル氏は、首は多くの場合かさぶたのように固まってふさがり、止まらない出血は起きないと説明しています。
呼吸に口も鼻も使っていない
人間は口と鼻から空気を吸い、脳がその呼吸を制御しています。肺で取り込んだ酸素は、血液が全身へ運びます。ゴキブリの方式はこれと別物です。
体の節ごとに「気門」という小さな穴が開いていて、そこから「気管」という細い管が体の奥まで伸びています。酸素は管を通ってそのまま組織へ届き、血液は酸素を運ぶ役を担っていません。
しかもこの呼吸は、脳が命令しているわけではありません。だから頭がなくなっても、呼吸は止まりません。
脳が1か所にまとまっていない
ゴキブリの神経は、体の節ごとに「神経節」というかたまりに分かれています。基本的な反射を担うのは、それぞれの神経節です。
頭のないゴキブリの実験をしたデラウェア・バレー大学の昆虫学者クリストファー・ティッピング氏は、脳がなくても単純な反応はでき、立つ、触られて反応する、動く、ができたと話しています。
ゴキブリの逃げ足にも、体側の神経が深く関わっています。お尻の先にある2本の突起(尾毛)には風を感じるセンサーが並び、敵が近づくときの空気の動きをとらえます。その信号は腹側を走る太い神経細胞に伝わり、ゴキブリは向きを変えて走り出します。
走りの速さも並外れています。1991年の米カリフォルニア大学バークレー校の測定では、ワモンゴキブリは秒速1.0〜1.5メートル、1秒に体長の50倍の距離を走りました。秒速1メートルまでは、片側の前脚と後脚、反対側の中脚の3本を1組にして、2組を交互に地面につけていました。最高速度では6本の脚のうち4本や2本だけで走っていました。
頭のない体は何で死ぬのか
頭がなければ口もないので、食べることも飲むこともできません。それでもすぐには困りません。ゴキブリは変温動物で、体温を保つためのエネルギーがいらないからです。カンケル氏は一度の食事で数週間もつと話しています。
ティッピング氏らは顕微鏡の下で慎重に頭を切り離し、傷口が乾かないよう歯科用のワックスでふさぎました。瓶の中で数週間生きた個体もいたといいます。
カンケル氏によると、頭のない体は敵に食べられなければ、じっとしたまま過ごします。命を落とすのは、カビや細菌、ウイルスに感染したときです。
よく「最後は渇きで死ぬ」と説明されますが、この記事の出典ではそこまで確かめられませんでした。はっきりしているのは、傷口からの乾燥を防がないと長くはもたない、ということです。
頭だけでも数時間動く
切り離された頭のほうも、すぐには止まりません。カンケル氏によると、頭は数時間、触角を振り続けます。栄養を与えて冷蔵すれば、さらに長くもちます。
ただし、脳は体から切り離されると本来の働きができません。アリゾナ大学の神経科学者ニック・ストラウスフェルド氏は、ゴキブリは記憶力がよいのに、体の一部が欠けた状態で学習させようとしても、まったくうまくいかないと話しています。脳は、体から届く大量の感覚の情報に頼っているのです。
頭のない体と体のない頭は、研究にも使われています。頭には成長や成熟を制御するホルモンを出す器官があるため、頭を切り離した体は、変態や繁殖のしくみを調べる材料になります。
日本でよく見る4種のゴキブリ
頭を切り離す実験に使われたのはワモンゴキブリで、日本では主に九州より南で見られます。日本の建物でよく見るゴキブリを、東京都ペストコントロール協会の資料で比べると次のとおりです。
| 種類 | 体長 | 分布 | よくいる場所 |
|---|---|---|---|
| クロゴキブリ | 25〜30ミリ | 日本全国(南方は少ない) | 住宅の外周や床下。台所・洗面台に出る |
| チャバネゴキブリ | 10〜15ミリ | 日本全国(全世界) | オフィスビル・ホテル・飲食店・病院 |
| ヤマトゴキブリ | 20〜25ミリ | 日本特産種(北海道・本州) | 郊外の雑木林 |
| ワモンゴキブリ | 30〜35ミリ | 九州以南(ビルや温泉地に局所的) | ビルのマンホール・下水溝・地下街・温室 |
表のとおり、住宅の台所や洗面台に出てくるのは主にクロゴキブリです。オフィスビルや飲食店で多いのは、体長が半分ほどのチャバネゴキブリです。ヤマトゴキブリは日本にしかいない種で、もともとは雑木林の住人です。
ワモンゴキブリが九州より南に多いのは、寒さに弱いからです。20度を下回ると活動できなくなります。そのかわり寿命は長く、3年以上生きることもあります。メスはほぼ1週間に1つ卵のケース(卵鞘)を産み、1つに平均14〜16個の卵が入っています。
「3億年前から姿が変わらない」は言い過ぎ
よく聞く「ゴキブリは3億年前から姿を変えていない」は、正確ではありません。米国昆虫学会が運営するエントモロジー・トゥデイに、研究者のエバンジェリスタ氏とコーリ氏が2017年に書いた解説によると、石炭紀(約3億年前)の化石は「ローチオイド」と呼ばれる別のグループです。
ローチオイドは、ゴキブリとカマキリ両方の祖先にあたる仲間とみられています。いまのカマキリのほうが、ローチオイドより現代のゴキブリに近い親戚です。
2人が古い化石を洗い直したところ、既知のゴキブリのグループに正しく当てはめられたのは、最も古い化石のうち25パーセントだけでした。本物のゴキブリと呼べる最古の化石は1億2,500万〜1億4,000万年前のものです。最も古い1つクレタホロコンプサ・モンセカナは、白亜紀の、いまのスペインにあたる場所で生きていました。3億年という数字は、2倍以上の誇張です。
いま生きている約7,000種のゴキブリの多くは、恐竜が絶滅した後に現れたと考えられています。
よくある疑問
- 頭のないゴキブリは、どれくらい生きますか?
- 傷口をふさいで乾燥を防いだ実験では、数週間生きた個体がいました。一度の食事で数週間もつ体なので、感染症にかからなければ、しばらくは静かに生き続けます。
- ゴキブリはどれくらい速く走りますか?
- ワモンゴキブリの測定で、最高秒速1.5メートル、時速にすると約5.4キロです。体の大きさで割ると1秒に体長の50倍進む計算で、最高速度では2本の脚だけで走ることもあります。
- 切り離された頭は生きているのですか?
- 数時間は触角を振り続けます。栄養を与えて冷蔵すると、さらに長くもちます。ただし体からの感覚が届かないため、脳は本来の働きができません。
まとめ
ゴキブリが頭を失っても数週間生きられるのは、血圧が低く出血が自然に止まり、気門で呼吸し、体の神経節が基本の動きを担っているからです。一度の食事で数週間もつ体なので、命を落とすのは主にカビや細菌などへの感染です。また「3億年前から変わらない」は誇張で、本物のゴキブリの最古の化石は1億2,500万〜1億4,000万年前のものです。次にこの通説を聞いたら、実際の年代を伝えてみてください。
参考にした資料
- Scientific American — Fact or Fiction?: A Cockroach Can Live without Its Head
- Entomology Today(米国昆虫学会) — Old, But Not That Old: Debunking the Myth of Ancient Cockroaches
- PubMed(Journal of Experimental Biology, 1991) — Mechanics of a rapid running insect: two-, four- and six-legged locomotion
- PubMed(Journal of Comparative Physiology A, 1994) — Wind-evoked evasive responses in flying cockroaches
- 公益社団法人 東京都ペストコントロール協会 — ゴキブリの種類
- Wikipedia(日本語版) — ワモンゴキブリ