モアイ像には埋まった体がある?頭だけじゃなかった
イースター島のモアイは、頭だけの石像として写真で知られています。実際には、その頭の下に肩と胴体が土の中へ続いています。
ただし埋まっているのは、島じゅうのモアイではありません。ラノ・ララクという採石場の斜面に立つ像に限られます。
頭だけに見えるのは採石場の像
モアイは島の各地にありますが、「頭だけ」の姿はラノ・ララクという火山の斜面に集中しています。イースター島像プロジェクト(EISP)はこれまでに1,000体を超えるモアイを記録し、そのおよそ95%がこの採石場で彫られたと報告しています。
海沿いのアフと呼ばれる石の基壇に立つモアイは、胴体まで地上に出ています。埋まっているかどうかは、像の置かれた場所で決まるのです。
数百年かけて土に埋もれた
誰かが像を埋めたわけではありません。斜面の土や石が長い年月をかけて足元にたまり、下から順に像を覆っていきました。
1914年から翌年にかけて島を調査したキャサリン・ラウトレッジ隊の記録では、ある像は耳たぶとあごの中間の高さまで埋まっていたといいます。頭が高い位置にあるため、地表に残ったのは頭部だけでした。
土に覆われた胴体は風雨から守られ、彫られた当時の面がよく残っています。
背中に彫られていた線刻
EISPは2010年から、ラノ・ララクの内部で初めての科学的な発掘を行いました。土を取り除くと、モアイの背中や腕に細かな線刻が現れます。
代表がRR-001-156と呼ばれる像です。ただし、これほど密な模様を持つ像は1,000体以上のうち数体しか確認されていません。
模様の多くは三日月形で、カヌー(ヴァカ)を表すという見方と、レイミロという胸飾りだとする見方があり、決着はついていません。像の下に敷かれた石にも同じ三日月が刻まれており、像を所有した集団の印だった可能性が指摘されています。
運搬待ちで放置されたのではない
採石場の像は、運び出す途中で捨てられたと長く考えられてきました。ジョー・アン・ヴァン・ティルバーグらが2019年に学術誌「Journal of Archaeological Science」へ発表した発掘結果は、この見方を大きく変えました。
掘り出した2体は、一方が台座の上に、もう一方が深い穴の中に据えられていたのです。周囲の土からはバナナ、タロイモ、サツマイモの痕跡が見つかりました。
石を削るほど土が肥え、水も湧く。採石場は作業場であると同時に、畑であり祭りの場でもあったと考えられています。
いつ、誰が作ったのか
作ったのは、島に暮らしたラパ・ヌイの人々です。像は神格化された祖先を表すとされます。
同じ発掘から、採石場の内側での活動は西暦1455年ごろに始まり、多くの像は1510年から1645年のあいだに立てられたと推定されました。一方で、どうやって巨像を運んだのか、なぜ制作が終わったのかは今も研究の途中です。
分かっていることと分かっていないことは、はっきり分かれています。
モアイは「謎の頭部」ではなく、全身像の見えている上半分でした。次にイースター島の写真を見るときは、地面と像が接する線に注目してみてください。
その線から下に、掘られていない胴体がまだ続いています。
参考にした資料