夢の国のお城のモデルといわれるドイツの城とは
ドイツ南部の山にそびえる白い城、ノイシュバンシュタイン。夢の国のお城のモデルになった、とよく紹介されます。
ただしディズニー側の公式な説明を読むと、話は少し違います。造ったのは、物語の世界にあこがれたバイエルン王ルートヴィヒ2世でした。
モデル説はどこまで本当か
ディズニーの公式アーカイブ「D23」は、カリフォルニアのディズニーランドにある眠れる森の美女の城について、こう説明しています。バイエルンのノイシュバンシュタイン城と多くの点で似ているが、実際には複数の中世ヨーロッパの城が手本になった、と。
デザインを担当したのはハーブ・ライマンという美術家です。姿がよく似ているのは事実です。
しかし「モデルはノイシュバンシュタイン城ただ1つ」という言い方は俗説で、公式の説明とは一致しません。
下絵を描いたのは舞台美術家
城の定礎式は1869年9月5日に行われました。設計の出発点になったのは建築家の図面ではなく、ミュンヘンの舞台美術家クリスティアン・ヤンクが描いた舞台装置の絵です。
ヤンクの絵を、実際に建てられる形に直したのが建築家エドゥアルト・リーデルでした。芝居の書き割りが先にあり、後から石を積んで建てた城。絵本のように見えるのは当然といえば当然です。
ワーグナーの歌劇が壁の中に
王が心酔していたのは、作曲家リヒャルト・ワーグナーです。城の内部は『タンホイザー』や『ローエングリン』といった歌劇の場面をもとに飾られています。
白鳥が繰り返し現れるのも、白鳥に引かれた小舟で現れる騎士の物語『ローエングリン』からきています。城の名前も、ドイツ語で「新しい白鳥の石」という意味です。
実はこの城に、軍事的な目的はありませんでした。人前に出るのが苦手だった王が、公の暮らしから離れるために建てた個人の隠れ家です。
王は完成を見ないまま
1880年に主館の上棟式が行われ、王が移り住んだのは1884年です。しかし1886年6月13日、王はシュタルンベルク湖のほとりで謎の死をとげます。
城で暮らせた期間は、2年ほどしかありませんでした。工事はそこで止まり、城は未完成のまま残されます。
そして王の死からわずか7週間後、城は一般に公開されました。ひとりで過ごすために造られた部屋を、今ではおよそ年間140万人が歩いています。
2025年に世界遺産へ
2025年7月12日、パリで開かれた第47回世界遺産委員会で、この城の登録が決まりました。登録名は「バイエルン王ルートヴィヒ2世の城群」。
ノイシュバンシュタインのほか、リンダーホーフ、シャッヘン、ヘレンキームゼーを合わせた4か所がまとめて対象で、ドイツでは55件目の世界遺産です。
夢の国のお城の唯一のモデル、と言い切ることはできません。それでも、舞台美術家の絵から生まれた城が本物の名所になり、世界遺産にまでなった事実は変わりません。
次にあの白い城の写真を見かけたら、建築家ではなく舞台の絵描きの仕事だと思って眺めてみてください。見え方が変わります。
参考にした資料