熱いお湯の方が早く凍る?ムペンバ効果の謎
「熱いお湯のほうが冷たい水より早く凍る」。これがムペンバ効果と呼ばれる話です。
名前の由来は、1960年代のタンザニアで気づいた一人の中学生。ただし条件をそろえた実験では再現できておらず、水で本当に起きるかどうかは今も確かめられていません。
名前はタンザニアの中学生から
ムペンバ効果の名は、タンザニアの中等学校に通っていたエラスト・ムペンバさんに由来します。1960年代、調理の授業でアイスクリームを作っていたとき、彼は液を冷まさずに熱いまま冷凍庫へ入れました。
すると、冷ましてから入れた同級生の分より先に固まったのです。教師には取り合ってもらえませんでした。
ところが学校を訪れた物理学者デニス・オズボーンさんがこの話を聞き、大学に戻って実験を引き受けました。
1969年の論文「Cool?」
二人は1969年、教育向けの学術誌『Physics Education』に「Cool?」という短い論文を発表します。熱い水のほうが先に凍る場合がある、というデータを示したものです。
ただしオズボーンさん自身が、実験は粗いもので、もっと厳密な研究が必要だと認めていました。似た記述はもっと古く、アリストテレスやフランシス・ベーコン、デカルトも書き残しています。
説明としてあげられてきたもの
理由の候補は次々に出されました。蒸発で水の量そのものが減る、水の中の対流の違い、溶けこんでいる気体の量、0度以下でも凍らない過冷却、容器のまわりにつく霜の断熱などです。
どれも、起きたり起きなかったりする理由まで説明しきれていません。
2016年、水では再現できなかった
大きな転機は2016年でした。インペリアル・カレッジ・ロンドンのヘンリー・バリッジさんとケンブリッジ大学のポール・リンデンさんが、最初の温度だけを変えた水を冷やす実験を行い、科学誌『Scientific Reports』に結果を発表します。
結論は「熱い水が早く冷えることはない」。しかも温度計を差しこむ高さが1センチ違うだけで、効果があるように見えたり消えたりしました。
二人は、1969年のデータは47年間だれも再現できておらず、再現できない限り誤りとみなすべきだと書いています。つまり水については、広く語られてはいても裏づけのない俗説というのが現在の見方です。
水以外では観測されている
ただし「最初に熱いほうが速く冷える」という現象そのものが消えたわけではありません。2020年、クマールとベックホーファーの二人は、液体に浮かぶ微小な粒子(コロイド)を使った実験で、初めに高温だった側が桁違いに速く冷える様子をとらえ、科学誌『Nature』に報告しました。
研究の関心は、いまや「水が凍る順番」から「熱いものが速く冷えることはあるのか」という一般的な問いへ移っています。
台所で試して熱いお湯が先に凍らなくても、実験に失敗したわけではありません。それが現在わかっている答えです。
おもしろいのは、一人の中学生の疑問が半世紀の検証を呼び、まったく別の物理の問題を掘り当てたことのほうでしょう。
参考にした資料