貯金箱はなぜ豚の形?有名な語源説は俗説だった
豚の貯金箱の由来としてよく語られるのが、昔の英語で安い粘土を指した「pygg」という言葉が、動物の豚と混同されたという話です。ところが、この説を裏づける記録は見つかっていません。
英語の語源研究では俗説として扱われています。では、なぜ豚なのでしょうか。
pygg粘土説は確かめられていない
説の中身はこうです。中世のイギリスでは、pyggと呼ばれるオレンジ色の安い粘土で作った壺にお金をためていた。
やがて言葉が取り違えられ、豚の形の貯金箱が作られるようになった——。しかし、pyggという名の粘土が実在したという記録は、どこにも見つかっていません。
この話が活字になったのは1965年と1989年に出版された英語の雑学本で、どちらも出典を示していません。1990年代にはインターネットで拡散し、今も引用され続けています。
pyggという粘土が存在した記録はありません。中世の人々が貯金壺をpygg bankと呼んでいた形跡もなく、この由来は俗説として扱われています。
ただし「pig」は本当に器を指した
まったくの作り話かというと、そうとも言えません。スコットランドや北イングランドでは、1450年ごろからpigという語が壺・水差し・瀬戸物といった陶器全般を指す方言として使われていました。
pyggはその綴りの一種です。スコットランドでは貯金壺を「pirly pig」と呼びます。
pirlyは「突く、押し込む」を意味する古いスコットランド語pyrlに由来するとされ、硬貨を押し込む動作を表しています。器を指すpigは実在した。
けれど、それが動物の豚の姿につながった証拠はない。ここが分かれ目です。
英語に「piggy bank」が現れるのは20世紀
言葉の記録も、粘土説と合いません。貯金箱を指すpig bankがアメリカの新聞に現れるのは1900年、piggy bankという形が確認できるのは1913年ごろです。
オックスフォード英語辞典やメリアム・ウェブスターも、語源を粘土ではなく豚を意味するpiggyに求め、用例はいずれも20世紀のものを挙げています。中世に生まれた呼び名が18世紀に変化した、という説明とは400年近いずれがあります。
豚形の貯金箱は14世紀のジャワにあった
一方、豚の形をした貯金容器そのものは、英語圏よりずっと古くから東南アジアにあります。インドネシア・ジャワ島のマジャパヒト王国では、14世紀から15世紀にかけて素焼きの豚形貯金箱が数多く作られました。
ジャワ語で貯金箱をチュレンガン(celengan)といい、語源は「イノシシ」を意味するチュレン(celeng)です。王国の中心地だった東ジャワのトロウラン遺跡から大量に出土しています。
牙をむいた勇ましい姿のものや、子豚を連れた母豚の姿のものがあり、オックスフォード大学の中世研究の論考は、そこに多産のイメージが重ねられていると指摘しています。取り出し口はなく、中身を使うには壊すしかありませんでした。
「なぜ豚の形なのか」に、世界共通のひとつの答えはありません。はっきりしているのは、粘土説に根拠がないこと、そして豚形の貯金箱が少なくとも600年以上前から作られてきたことです。
手元の豚を見かけたら、まだ答えの出ていない問いだと思い出してみてください。
参考にした資料