スコットランドの火祭り、始まりは1881年だった
毎年1月の最終火曜日、スコットランドのシェトランド諸島に千本近いたいまつの列が現れます。アップ・ヘリー・アーと呼ばれる火祭りです。
バイキング船をかたどった船を燃やすため、古代の北欧から続くならわしだと語られてきました。ところが、たいまつ行列が始まったのは1881年。思っているよりずっと新しい祭りです。
千人が炎を運ぶ夜
舞台はシェトランド諸島の中心の町、ラーウィックです。スコットランド本土よりノルウェーのほうが近い、北の海に浮かぶ島にあります。
祭りの夜は、ギザーと呼ばれる仮装した人たちが47の隊に分かれ、多い年で千人ほどがたいまつを掲げて行進します。列の先頭に立つのはその年の主役、ギザー・ヤール。
冬のあいだずっと専用の小屋で作り続けたバイキング船のレプリカを囲み、全員が一斉にたいまつを投げ込んで燃やします。
名前の意味は「祝いの日はこれで全部おしまい」
アップ・ヘリー・アーとは、「ホーリーデー(聖なる日)が、これで全部終わり」という意味です。「アップ」は物事が終わることを表す古ノルド語のウッピ、「ヘリー」は祝祭日、「アー」は「すべて」を指します。
つまりこの祭りが送っているのは冬そのものではなく、クリスマスから続いてきたユールの祝祭シーズンです。1月末のシェトランドはまだ冬の真っただ中。長い夜がようやく短くなり始めるころにあたります。
始まりは燃えるタール樽
1800年代の初め、ラーウィックの若者たちは火のついたタールの樽をそりに載せ、ユールの夜に狭い通りを引き回していました。燃えたタールがこぼれて建物を傷める事故が続き、町はついに1874年、このタール樽転がしを禁止します。
行き場を失った若者たちが考え出した代わりの遊びが、たいまつを手に列を組んで歩くことでした。そして1881年、アップ・ヘリー・アーの日に初めてのたいまつ行列が行われます。
バイキング色は後から足された
では、船やかぶとはどこから来たのでしょうか。バイキング船のレプリカを作って燃やしたのは1889年が最初で、たいまつ行列が始まって8年後のことです。
1894年には地元の作家ハルデイン・バージェスが『ザ・バイキング・パス』を発表し、北欧の英雄をたたえる色合いが祭りに定着しました。主役のギザー・ヤールが登場したのは20世紀の初めです。
古代から途切れずに続いてきたという説は広く語られていますが、裏づけはありません。実際は、酒に荒れがちな若者に別の楽しみを用意しようとした禁酒運動の団体が、1870年代に整えた行事でした。
今も作り替えられている伝統
この祭りは「昔のまま」でもありません。ラーウィックの行列は長いあいだ男性だけのものでしたが、2023年から女性と女の子も隊に加われるようになりました。
シェトランドではラーウィック以外の町もそれぞれ自分たちのアップ・ヘリー・アーを開いていて、時期は1月中旬から3月末まで幅があります。伝統とは固まって動かないものではなく、そこに住む人の手で作り替えられていくものだと分かります。
たいまつの炎が照らしているのは、遠いバイキングの記憶だけではありません。禁止された危険な遊びを安全な形によみがえらせ、140年以上かけて育ててきたシェトランドの人たちの工夫です。
燃える船の写真を見かけたら、その隣に1881年という年号も思い出してみてください。
参考にした資料