世界で最初の紙のお金は、千年以上前の中国?
世界で最初の紙のお金は、1023年に中国の北宋が国の管理下に置いた「交子(こうし)」です。生まれた場所は、いまの四川省・成都。
きっかけは、重すぎる鉄のお金を持ち歩く不便さでした。約1000年前に、すでに「紙がお金になる」仕組みが動いていたのです。
1023年、中国・北宋の「交子」
交子は、北宋の時代に四川の成都で使われた紙のお金です。宋の政府は1023年にこれを国の管理下に置き、益州(成都)に「交子務(こうしむ)」という役所を設けました。
翌1024年から、政府が発行する交子が出回りはじめます。ギネスワールドレコーズも、いまの紙幣につながる最初のお金として交子を記録しています。
日本ではまだ平安時代のなかば、武士が力を持つより前の出来事です。
原因は重すぎる「鉄のお金」
当時の四川では、銅でできた銅銭ではなく、鉄でできた「鉄銭」が使われていました。鉄銭は重いのに、価値は銅銭の10分の1ほど。
少し買い物をするだけで、大量の鉄銭を運ばなければなりません。この不便さが、紙のお金を生みました。
最初に作ったのは政府ではなく商人
交子を思いついたのは、役人ではなく成都の商人でした。有力な商人16戸が組合を作り、客から鉄銭を預かって、その預かり証を発行したのです。
証書を持っていけば、いつでも鉄銭に戻せる。引き換える際に1貫(1000文)につき30文ほどの手数料を取る商売でした。
紙のほうが軽いので、鉄銭に戻さず証書のまま支払いに使う人が増えていきます。ところが発行元の商人が経営に行きづまる例が出てきます。
信用を保てなくなったところで、政府が引き取って国の紙幣にしたわけです。
3年で使えなくなる紙幣だった
官営の交子には、いまのお札にない決まりがありました。「界(かい)」と呼ばれる通用期限で、長さは3年。
期限が来たら新しい交子に取り替える仕組みです。発行額は125万貫あまり、引き換えのための準備金は36万貫と定められていました。
額面は1貫から10貫まで用意され、表には額面と発行した年、裏には絵が刷られていたと伝わります。のちに準備金を超えて刷りすぎたため価値が下がり、1107年には「銭引(せんいん)」と名前を変えました。
紙幣とインフレの関係は、最初の紙幣がすでに経験していたことになります。
唐の「飛銭」は紙幣ではない
紙にお金の役目をさせる工夫は、交子より前からありました。唐の時代の「飛銭(ひせん)」です。
『新唐書』には804年に商人が使っていたとあり、812年には政府も正式に認めました。ただし飛銭は、遠くの町で現金を受け取るための送金手形です。
だれもが日常の買い物で使う通貨ではありません。手形ではなく、みんなが支払いに使える紙のお金という意味では、やはり交子が最初になります。
紙のお金は、便利さへの憧れではなく、重くて運べないという困りごとから生まれました。次にお札を財布から出すとき、その軽さこそが1000年前の発明の中身だと思い出してみてください。
参考にした資料