動かせないお金があった?ヤップ島の巨大な石のお金
お金は持ち運べるもの、という常識が通じない島があります。ミクロネシア連邦のヤップ島では、石を円盤の形に削ったものがお金として使われてきました。
大きいものは直径3.6メートル、重さは約4トン。運ぶことをあきらめる代わりに、持ち主だけを入れ替える方法が生まれました。
石のお金「ライ」
ヤップ島の石のお金は「ライ」と呼ばれます。結晶質の石灰岩を円盤の形に削り、中央に穴を開けたものです。
大きさはさまざまで、直径3.5センチほどの小さなものから、3.6メートルの巨大なものまであります。多くは直径30〜50センチで、この大きさなら人が抱えて運べます。
現存する最大のライは北部のルムン島にあり、直径3.6メートル、厚さ50センチ、重さは約4,000キロです。
なぜ石に価値があったのか
理由は、ヤップ島でこの石灰岩が採れないことにあります。ライの石は、南西に約400キロ離れたパラオの島々で切り出されました。
人々は現地で貝や石の道具を使って石を削り、カヌーやいかだに載せて外洋を渡って持ち帰ります。天候に恵まれてもパラオまで5日ほどかかる航海でした。
つまりライの値打ちは、石そのものではなく、そこに注ぎ込まれた労力と危険から生まれています。実際、大きさだけでなく、彫りの美しさや、いつ誰が運んできたか、運搬中に犠牲者が出たかどうかまでが評価を左右しました。
動かさずに持ち主を変える仕組み
大きなライは、取引のたびに動かすものではありません。石はその場に置いたまま、「今日からこの石はあなたのものだ」と人々が確認し合うだけで所有権が移ります。
誰から誰へ渡ったかは口伝えで記録され、島じゅうで共有されました。
これは現代の銀行口座に近い考え方です。手元に現金がなくても、記録が正しければ残高は自分のものとして扱われます。
ヤップ島では、その記録係を人々の記憶が担っていました。
海に沈んだお金も財産のまま
この仕組みを象徴する話が伝わっています。パラオから運ぶ途中、大きなライが海に落ちて沈んでしまいました。
帰り着いた人々が「石は確かに立派なものだった」と証言すると、島の人々はその石を持ち主の財産として認めます。二度と見ることがなくても、みんなが「海の底に確かにある」と合意していれば、財産として通用したのです。
この話は、1903年にヤップ島に滞在したアメリカの人類学者ウィリアム・ヘンリー・ファーネス3世が書き留め、1910年の著書『石貨の島』で紹介しました。
鉄の道具が起こしたインフレ
19世紀後半、島の外から来たデイヴィッド・オキーフという人物が、鉄の道具と大型の船を持ち込みます。貝や石の道具しかなかった時代に比べ、石は短期間で、しかも大きく作れるようになりました。
ところがこうして生まれたライは、島の人々から低く評価されます。首長の許しを得ておらず、苦労の跡も来歴もなかったからです。
石の数だけが増えて一枚あたりの値打ちが下がる、いわゆるインフレが起きました。
今も使われているのか
新しいライが作られなくなったのは20世紀の初めです。1960年代半ばからは島外への持ち出しも禁止されました。
現在ヤップ島の法定通貨は米ドルですが、ライが役目を終えたわけではありません。結婚の際の贈り物や土地の取引といった重要な場面では、今もライが使われます。
島内には大きなライが約6,000個残っているとされます。
ライが教えてくれるのは、お金の正体が素材ではなく「みんながそう認めていること」だという事実です。海に沈んだ石が財産であり続けたように、私たちの紙幣や口座の数字も、信用が続くあいだだけお金として働きます。
参考にした資料