100兆ドル札が実在した?ジンバブエのハイパーインフレ
「100兆ドル」と印刷された紙幣が、実際に発行されたことがあります。アフリカ南部のジンバブエが2009年に出した、100兆ジンバブエドル札です。
数字は途方もないのに、この紙幣が使えた期間はわずか3か月ほどでした。なぜこんな紙幣が必要になったのか、順に見ていきます。
2009年1月16日に発行
ジンバブエ準備銀行が100兆ジンバブエドル札を発行したのは、2009年1月16日です。同じ日に10兆、20兆、50兆の紙幣も出されました。
紙面に印刷された数字としては、政府が正式に発行した紙幣の中で史上最大とされています。それでも当時の報道によれば、発行初日の価値はおよそ30米ドル。
100兆と書かれた一枚で、その程度の買い物しかできませんでした。
物価が1日で2倍になる世界
なぜここまで桁が増えたのか。ハイパーインフレ、つまり物価の上昇が止まらなくなったからです。
米ジョンズ・ホプキンス大学のスティーブ・ハンケ氏らの推計では、2008年11月中旬の月間インフレ率は約796億パーセントに達しました。物価が2倍になるまでの時間は、およそ24.7時間です。
朝に買えたものが、翌朝には倍の値段になっている計算になります。給料は受け取ったその日に使い切らないと損をする、という状況でした。
足りない分を刷って埋めた
原因は一つではありません。2000年に始まった急進的な土地改革で農業生産が落ち込み、輸出の柱だったタバコの生産が激減しました。
作るものが減れば、税収も減ります。さらに政府はコンゴ民主共和国への軍事介入を抱え、その戦費を国際通貨基金に月2200万ドル分少なく報告していた、と記録されています。
足りない分は中央銀行の紙幣発行で埋めました。モノが減り、お金だけが増える。ハイパーインフレの典型的な形です。
ゼロを25個消しても止まらなかった
桁が増えすぎると、帳簿もレジも追いつきません。そこでジンバブエは通貨の呼び方を切り下げるデノミを3回行いました。
2006年にゼロを3個、2008年に10個、2009年2月にさらに12個。合わせて25個のゼロが消された計算です。
それでも物価は上がり続け、2009年4月に自国通貨の使用そのものが止まりました。以後は米ドルや南アフリカランドが日常のお金になります。
額面は100兆でも、2015年の廃貨手続きで100兆ドル札1枚と交換できたのは約0.4米ドルでした。数字の大きさとお金の値打ちは、まったく別物です。
通貨としては死に、記念品として残った
2015年6月、ジンバブエ準備銀行は旧通貨の正式な廃止に踏み切りました。銀行口座に残っていた旧紙幣建ての残高は、17京5000兆ジンバブエドル(175千兆)までをまとめて5米ドルで買い取る、という条件だったと報じられています。
一方で100兆ドル札そのものは収集家の人気を集め、交換額を上回る値段で売買されるようになりました。お金としての役目を終えたあと、モノとして値段がついたわけです。
大きな数字が並ぶ紙幣は、豊かさの証ではなく、お金への信頼が崩れた記録です。外国の古い紙幣を見かけたら、額面の桁ではなく「それで何が買えたのか」を調べてみてください。数字の裏にある事情が見えてきます。
参考にした資料