ストーンヘンジの巨石の運び方は今も謎のまま
ストーンヘンジの石が「どこから来たか」は、この十年でかなり分かってきました。分かっていないのは「どうやって運んだか」のほうです。
25トンの石を25キロ、6トンの石を750キロ。車輪も重機もない時代に、この移動をやってのけた方法は、まだ確かめられていません。
二度に分けて造られた
イギリス南部ウィルトシャーに立つこの遺跡は、一気に完成したわけではありません。紀元前3000年ごろ、まず円形の土手と溝が掘られます。
ここは数百年のあいだ、火葬した骨を埋める墓地として使われました。中心に巨石が組み上げられたのは、それから約500年後の紀元前2500年ごろ。
写真でおなじみの石の輪は、遺跡の歴史の後半にできたものです。
石は二種類ある
大きいほうはサーセン石と呼ばれる硬い砂岩です。平均で一つ25トン、外側に立つヒール・ストーンは約30トンあります。
産地は北へ約25キロのウェストウッズ。小さいほうはブルーストーンで、一つ2〜5トンです。
こちらはウェールズ南西部のプレセリ丘陵、200キロ以上も離れた場所から来ています。
産地が絞り込めたのは2020年です。研究チームは遺跡に残るサーセン石52本すべてを携帯型のエックス線装置で調べ、うち50本が同じ化学組成だと突き止めました。
それをイギリス南部20か所の岩と照合した結果、たどり着いたのがウェストウッズでした。石の「指紋」を採ったようなものです。
運び方が決まらない理由
有力なのは、木のソリに載せて大勢で引いたという説です。実験では、丸太を敷いたソリを100〜200人で引けば動くことが確かめられています。
立てるときは地面に掘った穴へ石を傾け入れ、植物の繊維で編んだ縄と木の三脚で引き起こしたと考えられています。横石は、縦石の頭に削り出した突起を横石側の穴で受ける木工のような継手で固定されており、ただ積み上げたのではないことも分かっています。
それでも決着しないのは、当時のソリや運搬路そのものが一つも見つかっていないからです。
2024年に増えた宿題
中央に横たわる祭壇石は、長くウェールズ産と考えられてきました。ところが2024年8月、科学誌ネイチャーに載った研究がこれをくつがえします。
石に含まれる鉱物の年代を測ったところ、産地はスコットランド北東部だったのです。直線距離で750キロ以上。
重さ約6トンのこの石を陸路で引きずるのは説明が苦しく、船を使った可能性が指摘されています。
目的は半分だけ分かっている
何のための遺跡かは、まったくの白紙ではありません。石の並びは夏至の日の出と冬至の日の入りを結ぶ線に合わせてあり、太陽の動きを強く意識したことは確かです。
最初の数百年は火葬墓地でもありました。ただし天文台なのか、神殿なのか、遠方の集団が集まる儀式の場だったのか。決め手はまだありません。
産地は科学で突き止められても、運搬の現場は木と縄が朽ちてしまえば証明できません。次にストーンヘンジの写真を見るときは、石そのものより、その足元に敷かれていたはずの丸太と、それを引いた200人を想像してみてください。
参考にした資料