気体が変わった白い粉が、焦げ付かない鍋を生んだ?
焦げ付かないフライパンの素材は、失敗した実験から生まれました。1938年4月6日、アメリカの化学者ロイ・プランケットは、ボンベに詰めた気体が出てこないことに気づきます。
中を切り開くと、白い粉が詰まっていました。それが、いまテフロンと呼ばれる素材です。
出てこない気体
プランケットは当時27歳。デュポンのジャクソン研究所で、新しい冷媒を探していました。
テトラフルオロエチレン(TFE)という気体を作り、ドライアイスで冷やした小さなボンベに保管します。翌朝、助手のジャック・リボックがバルブを開けても、気体はほとんど出てきません。
ところがボンベの重さは減っていない。中身は消えていないのです。
二人はボンベを切り開き、白いろうのような粉を見つけました。
なぜ気体が粉になったのか
当時の化学の常識では、TFEは重合しないとされていました。重合とは、小さな分子どうしがつながって長い鎖になることです。
実際には鎖ができていて、ポリテトラフルオロエチレン、略してPTFEという固体に変わっていました。プランケットは後に、ボンベの中の金属の塩が触媒として働き、圧力のかかった状態で数日かけて反応が進んだと突き止めます。
異常を捨てずに調べたことが、発見の分かれ目でした。
くっつかない理由はフッ素
PTFEは、炭素の鎖のまわりをフッ素の原子がびっしり覆った構造です。炭素とフッ素の結びつきは非常に強く、外から近づいた分子が入り込む隙がありません。
だからほとんど何もくっつかず、薬品にも熱にも強いのです。
この性質が最初に活躍した場所は台所ではありません。原爆を開発したマンハッタン計画で、六フッ化ウランやフッ素を扱う部品に使われました。
ふつうの金属やゴムでは腐食してしまうためです。デュポンが「テフロン」という名でこの素材を世に出したのは、1946年でした。
フライパンになるまで18年
調理器具に持ち込んだのは、デュポンではありません。フランスの技師マルク・グレゴワールです。
彼はPTFEをアルミの板に定着させる方法を編み出し、1950年代前半から妻コレットと試作を重ねました。二人がフライパンを作って売り始めたのが1956年。
会社の名前テファル(Tefal)は、TEFlon(テフロン)とALuminium(アルミニウム)を組み合わせた造語です。発見から製品まで、18年かかりました。
くっつかない素材を、どうやって鍋にくっつけるのか
ここが最大の難所です。何にもくっつかない素材は、当然、鍋にもくっつきません。
そこでアルミの表面を、砂を吹きつけたり薬品で溶かしたりして細かく荒らします。そこへ下塗り剤をしみ込ませ、高温で焼いてPTFEを表面に溶かし込む。
接着剤で貼るのではなく、細かい凹凸に引っかけて留めているわけです。金属のヘラで削る使い方に弱いのは、この構造のためです。
もう一つの弱点は熱で、PTFEは260度あたりから分解して煙を出し始めます。空だきは避けてください。
予想外の結果が出たとき、捨てるか、調べるか。プランケットは切り開く方を選びました。焦げ付かないフライパンを使うたびに、その選択を思い出してみてください。
参考にした資料