鎧兜を着て議会に入ってはいけない、イギリスの古い法律
この法律は実在します。1313年にイングランド王エドワード2世が定めたもので、正式には「鎧の携帯を禁じる法令」といいます。
イギリス政府の法令データベースでも、今なお有効な現行法として扱われています。ただし、禁じられているのは鎧だけではありません。
条文が禁じているもの
条文には、イングランド国内で開かれるすべての議会・会議・集会に「すべての者は、いかなる武力も武具も持たず、平穏に来ること」と書かれています。対象は鎧兜に限らず、武器全般です。
場所も議会に限りません。国内で開かれるあらゆる公の集まりが含まれます。
「鎧を着て議会に入るのは違法」という紹介のされ方は、この法令の範囲をかなり狭く伝えていることになります。
なぜ1313年だったのか
当時のイングランドでは、有力貴族が武装した手勢を連れて議会に現れ、王に圧力をかけることが日常でした。エドワード2世はこれを何度も止めようとします。
1308年10月、1310年2月、1311年10月、1312年8月と禁令を出し、1313年の法令は5度目の試みでした。前年の1312年には、ランカスター伯、ウォリック伯、ヘレフォード伯らが武装したまま議会に出席しています。
効き目はあったのか
法律ができたあとも、ランカスター伯は1319年まで武装して議会に現れ続けました。制定から6年たっても守られなかったのです。
それでも条文そのものは生き残りました。イギリス政府の法令データベースには、この法令が廃止された記録がありません。
1313年の制定から700年以上、現行法のまま法令集に載り続けています。
今、鎧を着て議会に行ったら
検察を担う王立検察局(CPS)は、この法令をはじめとする古い法令で近年起訴された人は把握していない、としています。担当者は、議会内で鎧を着ているところを見つかった場合、まずは警察が扱う話になると説明しました。
条文は生きているものの、実際に適用された例は確認できません。2026年には、ゴミ箱型のかぶり物で選挙に立つ候補者カウント・ビンフェイスが当選したらあの衣装で議場に入れるのか、という話題でこの法令が引き合いに出されました。
「剣2本分」の赤い線は俗説
下院の議場には、与党席と野党席の前に2本の赤い線が引かれています。この間隔は剣2本分で、議員同士が斬り合えないようにしたものだ、とよく語られます。
ただし裏づけのない言い伝えです。議員のクローク室にある赤いリボンも「剣を掛けるためのもの」と説明されますが、イギリス議会史の研究では、もとは傘を掛けるためのものだったとされています。
剣の説が現れたのは1928年で、それ以前の記録には出てきません。
1313年の法令は、雑学として面白いだけでなく、当時の議会が置かれていた状況をそのまま伝えています。武装して来るなと書き残さなければならないほど、話し合いの場は危うかったのです。
イギリスの古い法律を見かけたら、まずlegislation.gov.ukで検索してみてください。廃止済みか現行かが、その場でわかります。
参考にした資料