ゼロは発見された数字?インドが生んだ大発明
ゼロは、はじめから数として扱われていたわけではありません。空いた桁を示す記号としてなら、紀元前のバビロニアにもありました。
ゼロを足し算や引き算の相手になる「数」として書き記したのは、7世紀インドの数学者ブラフマグプタです。発見というより、何百年もかけた発明でした。
空いた桁を示すだけの記号
バビロニアの人々は、1000年以上のあいだ位取りの数字を使いながら、ゼロにあたる記号を持っていませんでした。紀元前400年ごろになって、くさび形の記号を2つ並べて空いた桁を示すようになります。
ただしこの記号が置かれるのは数の途中だけで、末尾には使われませんでした。「203」は書き分けられても、「23」と「230」は区別できないままだったのです。
位取りが計算を軽くする
ゼロの値打ちは、位取り記数法とセットで考えると見えてきます。ローマ数字は1977をMCMLXXVIIと書くため、筆算がほとんどできません。
一方、0から9までの10種類の数字と位取りだけなら、桁をそろえて機械のように計算できます。空いた桁を埋める記号があってはじめて、この仕組みは成り立ちます。
500年ごろのインドの数学者アリヤバータは、まだゼロの記号を使わずに位取りの計算をしていました。
628年、ゼロが数になった
インドの数学者ブラフマグプタは、628年に『ブラーフマスプタシッダーンタ』という書物を著しました。ゼロを数として扱い、その計算規則を書き記した最初の文献です。
ある数にゼロを足しても引いても、その数は変わらない。どんな数もゼロを掛ければゼロになる。
そして同じ数どうしを引けばゼロになる。「何もない」を計算の結果として認めたところに、この本の新しさがあります。
ゼロが記号から数へ変わったことで、負の数も同じ土俵で扱えるようになりました。ブラフマグプタは同じ本で負の数の規則も示しています。
ただしゼロで割る計算だけは、彼にもうまく説明できませんでした。
最古のゼロをめぐる混乱
年代がはっきりしている最古のゼロは、インド中部グワリオルの寺院に876年に刻まれた碑文です。2017年には、これより500年古い3〜4世紀のゼロが見つかったという発表が世界を駆けめぐりました。
オックスフォード大学が所蔵するバクシャーリー写本を放射性炭素年代測定にかけた結果です。ところが研究者から手法への疑問が相次ぎ、同大学は2024年に測定をやり直しました。
新しい結果は799年から1102年。写本は中世のものとされ、最古のゼロという説明は取り下げられています。
ヨーロッパに届くまで
インドで育ったゼロと位取り記数法は、アラビア世界の数学者を通じて西へ伝わりました。ヨーロッパに広く紹介したのは、イタリアのレオナルド・フィボナッチです。
1202年の著書『算盤の書』で、ローマ数字よりインド・アラビア数字のほうが計算に便利だと説きました。それでもヨーロッパ全体で当たり前になるのは1600年代のこと。
ゼロは生まれたあとも、受け入れられるまでに長い時間を必要としました。
ゼロは地面から掘り出すように発見されたものではありません。空位の印から数へと、役割を何百年もかけて変えていった発明です。
次に0と書くとき、そこに1000年以上の試行錯誤が畳み込まれていることを思い出してみてください。
参考にした資料